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短編の群

神官様の家出先

作者: 小林晴幸



 神官は還俗不可。

 俺の故郷では神の僕は終身雇用が絶対原則だ。

 そもそも還俗って言葉自体、無かったしな。


 それってありか?

 超不公平だろ?

 他の職種なら、辞められる人間がいるってのに。

 なんで神官にはその自由がない。

 神の僕だから?

 俺が望んでそんなもんになった訳じゃねぇっての。

 自分の意思なく無理矢理さ。

 選ぶ余地無しに、強引に神官にされる奴って、結構いるんだ。

 俺だって、その口だ。

 ってか、職業選択の自由すら与えられなかったんだぜ?

 選ぶことすら許されず、否応なしに神官にさせられちまったんだ。

 それってどうよ。

 自分から進んで神に仕える奴は偉いさ。

 死ぬまで止められなくっても不満はないだろうよ。

 むしろ死後まで仕えられたら満足だろうさ。

 だけど嫌々、やりたくもないのに神に仕えるのってどうなんだよ。

 それって神サマってのに、超失礼じゃね?

 神に仕えるってのは、自ら望むからこそ尊いんだ。

 それが個人の意思無視の強制じゃ、有難味も有りゃしない。

 神様に嫌々祈ったって仕えたって、全然偉くも何ともない。

 尊いお仕事ってのは、尊いなりに理由があるもんだ。

 他人の分まで神様にご奉仕するんなら、希望者だけに募ってくれよな。

 俺まで巻き添えにすること、無いだろよ。


 なんで俺だけとは言わないさ。

 そんな奴、俺以外にだって一杯いる。

 それでもなんで俺だったんだ?

 不条理さに嘆く胸の内じゃ、叫ばずにいられない。

 嫌で嫌で、嫌で仕方がないんだ。

 俺は神に仕えたくなんてない。

 信じてすらいない。

 そんなもん、絶対なりたくなかったのに。

 ちょっと他の神官(ひと)より、頻繁に奇跡を起こせるってだけで。

 神官なんて、俺の性格的に絶対、向いてない。

 だのに。

 だって、のに。

 命を楯に取るなんて、卑怯だろうよ。


 俺は言ってみれば、政争に敗れた没落貴族って奴のご子息だったんだと。

 当の実家が滅んだのは赤ん坊の頃だったんで知らね。

 実家の名前とか、俺自身の本名とか、俺ん家滅ぼした奴とかさ。

 そういう、詳しいことは何も知らねぇ。

 詳しいことを教える奴なんていないさ。

 赤ん坊の内から神に仕える神聖な御身とやらには、不要な情報って奴だったんだろ。

 それでも何かしら耳打ちしてくる奴は何処にだっているもんでよ。

 十歳くらいになった頃には、自分の身の上って奴を大体知る様になってたさ。

 妬み、嫉み。

 何処にだって有るもんだ。

 そうさ、神聖なはずの神殿の中にだってな。

 特に俺は、「神聖な御身」とやらだったんでな。

 ってか、神聖な御身って何だよ。

 神様なんざちっとも敬っても信じてもねぇ俺が、なんでそれに当てはまんのかんねぇ?

 分かんね。

 こじつけだろ?

 何故かやたらと、神殿内で敬われてるけどさ、俺。


 そもそもの話。

 俺ってば家の滅亡と一緒に処刑される筈だったんだと。

 じゃ、なんで俺生きてんだよ。

 素朴な疑問だったから聞いてみた。

 世話係とか、教育係の神官にじゃねぇぞ?

 そんなこと聞いたら、何処でソレを知ったのか追求されっからな。

 俺に余計なことをそれとなく耳打ちしてくる、根性悪そうな同年っぽい神官にさ。

 噂じゃ其奴は何処の貴族の隠し子らしい。

 本妻との間に息子が生まれて邪魔になったから、神殿に入れられたんだと。

 自分と同じ年頃の俺が、無駄に清らかそうな身形で敬われてるから、むかつくんだと。

 俺に一々影で突っかかってくるのは反発心かららしいが、俺に取っちゃ都合の良い情報源だ。

 色々世知に長けてそうだし、事情通っぽいんで俺の方は重宝している。

 其奴は俺を傷つけるつもりなんだろう、意地の悪い顔をしていた。

 俺を絶望させようって気が漲ってるぜ。

 だが無駄だな。

 俺は既に、ここで育った時点で絶望している。知らんだろうが。

 今更この身に何が起こってたって今更だろ。

 過去は知らん。

 だが興味はある。

 好奇心だ。文句あるか。

 という本音は隠して、神妙に聞いてやったさ。

 せいぜい、知らされる情報に怯えている風でな。

 大人しそうに整えられた神官の装いってのは、つくづく便利だぜ。

 傍目だけは気弱そうに見える。

 神殿育ちで培った猫被りの仮面で「お清らかな神官様」の演技だけは無駄に上達した。

 うぜぇお勤めサボる為、培った仮病スキルが唸る唸る。

 顔青ざめさせて震えるのなんて、俺に取っちゃ物の十秒。

 俺にとっての便利くん、アイツは言った。


「アンタは神殿に買われたんだよ。高値でな。赤ん坊の内から神気が顕現してたってんだから、お偉い神官様は良いよなぁ? 神様のお気に入りってやつ。そこらの平神官と違って、赤ん坊の頃からアンタは奇跡って奴を顕してたんだとさ。つまりアンタは奇跡を起こさせる為だけに、神殿の評判を高めさせる為だけに、神殿に引き取られたんだよ。信者を寄せ集める客寄せの、道具としてな!

アンタを買い取った神官は一気に出世したんだってさ。アンタの身柄は今でも其奴が握ってる。アンタが名前を高めて信者を集めるほど、出世してく。そうやってアンタは利用されてるんだ。

アンタ、大人しそうだし、精々利用されるが良いさ! 都合の良い道具としてずっとずっと!」


 俺は一言も言い返さなかった。

 あんまりにも、馬鹿らしくって。

 別に利用されてるのなんて、薄々分かってたし?


 僕は使われる方じゃなくて、使う方として神殿を利用できる立場になってやる。

 最後にそう吐き捨てて、涙目の俺を鼻で笑ってアイツは去っていった。

 おぉおぉ、満足そうなお顔しちゃって。

 目の縁に堪った無駄な水分をサッと拭って、俺は影で舌を出してた。

 ああ、成る程。

 そんで俺は無駄に敬われてるわけ。

 前からずっと嫌で嫌で仕方なかった神殿が、俺は更に嫌になった。

 むしろ嫌いになる致命打って奴?

 表面上はお綺麗な振りして、所詮は神殿だって利権争いの激しく醜い世俗って奴なのな。

 そうじゃない奴もいるって知ってるけどさ。

 組織って集団ができて、その中に階級ができて。

 ちょっとでも偉い奴ができる。

 そうすると途端に、人間ってのは醜い争い、足の引っ張り合い。

 解脱しろよ。 

 お前等、出家したんじゃねぇのかよ。

 綺麗事を抜かす奴らの、全然奇麗じゃねぇ身辺事情。

 ああ、もう。

 滅べば良いのに。


 確かに俺は、他の神官よりちょっと多くの奇跡を起こせる。

 ソレが原因で、殺された一族の中で俺だけ助かったらしい。

 変わりに神殿の下僕、もといどっかの神官の犬扱いだけどな。

 あー鬱陶しい。

 色々面倒くせぇ。

 俺はもう、神殿って奴の何もかもにうんざりしていた。




 …というわけで、家出した。

 家出してやったさ。

 勿論子供の内にそんな無茶やったって成功はしない。

 何とか何処行っても一人で怪しまれねぇくらいに成長してからさ。

 監視する様なお付きやら何やら色々と鬱陶しい奴らに囲まれた生活の中、準備は大変だった。

 オマケに俺は無駄に顔が売れている。

 神に愛された神聖なる御身。

 そのキャッチコピーが、一般大衆にまで流布している時は絶望で目の前が真っ暗になったぜ。

 やべぇ。俺、市井に紛れ混めねぇかもって。

 逃亡生活を送るには、やっぱ逃亡先に溶け込めるのが肝心だ。

 どれだけ準備しても、何処で破綻するかしれねぇ。

 だってのに神殿め。

 人の顔を勝手に無駄に売りまくりやがって。

 それも一種の逃亡阻止を目論んでか。それとも単なる信者寄せか。

 俺の顔面は特徴的で、民衆に外見的特徴が流されたとあっちゃ逃げ切れねぇ。

 下手したら誘拐か迷子かと思われて、神殿に通報される。

 それは勘弁してほしいぜ。

 だから俺はどうするかと考えて、完璧絶対に誰も追って来れない場所へ逃げることにしたんだ。

 神様のお膝元って、奴に。


 神官でいるのが嫌なのに、神のとこに行ってどうするって?

 兎に角、逃げたいのが第一だったんで、深いことは考えないことにした。

 後ついでに、神殿の信奉するのとは別の神んとこに行くことにしたし。

 神殿で奉られた、どの神でもない。

 時間と空間の神、ルーシェリティのお宅まで。


 別に死んだ訳でも、死にてぇ訳でもねぇよ?

 逃げる為に死んだんじゃ本末転倒だろ?

 そうじゃなくて生きたまま。

 生身のまま、お得意の奇跡って奴で神って奴の元まで逃げてやったんだよ。

 折角準備した荷物も、勿体ないから持ってった。

 要らなかったけどな。

 

 また奇跡だ何だと持て囃されて、利用されるのは鬱陶しかった。

 だから誰にも気取られねぇよう、知れねぇよう。

 利用されねぇように、こっそり誰にも見られてねぇ時にやった。

 具体的に言うと、風呂入ってる時。

 こっそり風呂場の花瓶の中に隠しておいた、荷物と服を回収してさ。

 昔はごてごてぞろぞろ、お風呂係なんて笑える召使い共に寄って集られてた。

 年頃になって鬱陶しく感じて、十五くらいからは頑張って風呂場から召使いを撲滅した。

 以来、一人で入る習慣を確立していたお陰で、安心して一人になれる。

 自我の芽生えは神殿のがちがち教育のせいで遅かったが、流石に大きくなってまで疑問を持たねぇ訳がねぇ。年頃になったら羞恥心だって人並みに育つ。

 意図的に育てるのは大変だったけどな。

 他者とのずれって奴?

 それを自覚したら、あ、俺って変わってるーって気付いたからさ。

 必死で人並みの意識、自意識って奴を育てたんだ。

 それこそ便利くんとか利用してな。 

 自尊心とか、自我とか学のに良い教材だったぜ。

 下級神官になったばかりの少年達を真似してたら、すっかり口が悪くなったけどな。

 ま、表面上は丁寧口調のままだからばれてねぇけど。


「よーし、便利くん。貴様を俺の供に任命してやる」

「待て! 便利くんってなんだ!?」

「流せ。貴様の名前、知らねぇんだよ」

「あれだけ何度も喋ったのに、知らない!?」

「あぁ? 回数なんか関係有るか。名乗らなかった貴様が悪い」

「おい、アンタいつもと性格変わってないか!?」

「これが素だ。いつもは演技」

「詐欺だ!!」


 流石に一人で神の元まで行くのは不安があった。

 ので、そこら辺にいた便利くんをわざわざ探して捕獲した。

 いざという時に楯にでもしてやろうと、強引に引きずり込む。


「待て、どこへ連れて行くつもりだ!」

「あ? 神んとこ」

「!!?」

「別に死ぬ訳じゃねーよ。心配すんな」

「僕は辞退する。そも、アンタの供なんてご免だ!!」

「良かったなぁ、便利くん。神の元だぞ? 神官としちゃ大出世だ。出世したかったんだろ」

「僕は生きて出世したいんだ! 死にたいとは言ってない。あと、便利くんでもない!」

「だから死なねぇって。大丈夫、大丈夫。生身で行けっから。帰ってこれねぇけど」

「それは死ぬのと大差ないだろ!?」

「全然違うって。そも、帰ってこれねぇのも、俺に帰る気が無いだけだしな」

「誰か他の奴を連れて行け!!」

「えー…だって他の奴って全然知らねぇし。親しくもねぇやつ供にしたくねぇよ」

「僕だって親しくない!! アンタだって、僕の名前すら知らないじゃないか!」

「でもまともに話す相手って便利くんだけだしー。そも、俺って人見知りだし」

「アンタが人見知り!? いつも穏やかニコニコ、誰にも変わらず接する癖に嘘つけ!!」

「嘘じゃねって。他の奴、ぜーんぶどうでも良いから変わらねぇ態度だっただけで」

「詐欺だ!」

「その点、裏表もなく本音で接してくれる貴様は使い勝手が良くってさぁ」

「詐欺だ!! って、使い勝手ってなんだ!?」

「それに神の元に連れてって喜ぶ様な奴連れてっても面白くねぇし。嫌がる位でねぇと」

「それが本音か!!? 迷惑だ、止めろ!!」


 ぎゃあぎゃあ喚く便利くん。

 面倒なんで簀巻きにして、担いで行くことにした。


 『醜い現世に絶望しました。家出します。二度と戻るつもりは有りません。』


 俺は風呂場に置き手紙を遺すと、さっさと現世におさらばしたのだった。






その後


 俺:還俗して普通の生活を送ってみたかったので、神に頼んで別の世界へ。

 便利くん:そのまま更に巻き添えに。なんだかんだで保護者役。

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― 新着の感想 ―
[一言] 便利くん面倒見良さそう
[一言] なんだろう…ちょっと萌えるよ…
2014/05/23 10:21 退会済み
管理
[一言] 面白いです!! なんていい性格な主人公でしょうか。便利君とお幸せに!
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