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空人形、驚愕する

 一体何なのかしら、この肌にべったりと張りつくような感じは。ぬるま湯にむりやり全身突っ込まれたような不快感があるわ。

 別に夏場だからということではないようだけれど。私の病室は冷房ガンガンだもの。

「…………これはあなたの仕業かしら、満月?」

「あっはっは、違うよ、深緋。これは私じゃない。禍渦の仕業さ」

「また、妄想の話? 何度繰り返そうがそんなウケないネタじゃあ笑わないわよ、私は」

「う~ん、まだ信じないか。じゃあ、しょうがないね」

 そう言って満月は私の肩に手をかける。

「…………何のつもり?」

「や、なに、真実を見てもらった方が早いと思ってね」

「どういう――」

 問い質す前に私の身体が何か柔らかいものに包まれる。まるでカシミヤ百パーセントの毛布に包まれたような心地良さだ。

 だが、それも長くは続かなかった。数秒のうちにその感覚は消え、再び不快感が蘇ってくる。

 なんだ、結局何も変わらないじゃないの。

「……それで? いつになったら真実を見せてもらえるのかしら?」

 これ以上彼女の口から戯言が飛び出そうものなら、躊躇なく人を呼ぶつもりだ。もう、付き合いきれなくてよ?

『あっはっは、深緋。眼を開けないと真実も何も見えないに決まってるじゃないか』

 底抜けに陽気な満月の声がさっきよりも近くで聞こえる。まるで自分の頭の中に直接響いているようなそんな感覚だわ。

「酷いことを言うのね。私の眼が見えないことは知っているでしょうに」

『良いから眼を開けてごらんよ。七年ぶりに世界とご対面だ』

「ああ、もう耳元でガヤガヤと五月蠅いわね。わかった、わかりました。眼を開ければいいんでしょう?」

 決して期待などしていない。これから私の瞳が映すのは闇。これまで同様、私は世界から切り離されたところで生きて行く。

 ――そのはずだった。

「………………………………………………………………え?」

 目の前に広がるのは黒ではなく白。

 私の瞳に映ったのは闇ではなく光。

 白い病室の壁。

 花瓶に挿された赤い花。

 窓の外に広がるねずみ色の空。

 そのどれもが私がかつて失ったものだった。

 そして欲しくて欲しくてたまらなかったものだった。

「どうして…………?」

 突然の世界との対面に冷静さを取り戻していた頭が再び混乱する。そんな私に贈られた言葉はただ一つ。

『おかえり、深緋。世界が君を待ってたよ』

 声の主を探すが、満月、見知らぬ女性はどこにもない。少なくともそして彼女の代わりに見つけたのは――。

「縹!!」

 ベッドの横で手足を投げ出し、倒れている妹の姿だった。

「縹!! 縹!?」

 ベッドから飛び出し、彼女を抱きかかえるが返事は無い。そうして何度も呼びかけるうち、私は重要なことに気が付いた。

「私……、脚が……」

 動いている。まるで七年間動かなかったことが嘘であるかのように。私の脚は私の意思通り自由に動いていた。

『安心して良い、いまは妹さん、寝ているだけだよ。そんなことよりどうだい? 歩くどころか、ベットから飛び出せるようになった気分は?』

 再び耳元で満月の声が響く。だがやはり病室内に彼女の姿はない。

「満月、あなた何処にいるの!? それにどうして私――」

『あっはっは、深緋はせっかちだなあ。まだ少し時間はある。順番に話していこうじゃないか』

 相も変わらず飄々と言葉を紡ぐ満月。その様子に感化されてか、私も少し落ち着きを取り戻すことができた。

『よし、じゃあまずアタシが何処にいるかだけど。深緋、単刀直入に答えよう。君の身体の中だ』

「…………へえ、そうなの」

『あっはっは、完全に信じてないねえ。まあ良いさ。そこは別に重要なところじゃない』

 そうかしら? 私にとっては重要なことだと思うのだけれど。

「う………」

 と、そこで私と満月の会話を打ち消す形で呻き声が聞こえてきた。

 どうやら抱きかかえていた縹が眼を覚ましたようだ。眼を覚ましたことは良いのだけれど、私のことをどう説明しようかしら……。

 そのような考えが私の頭の中に浮かんだが、すぐにその考えは縹によって破壊された。

「……グ……ァ、…………ひょ……う?」

 私の視線の先にいるのは確かに縹。そして私の首を容赦なく絞めあげているのも縹だった。

 彼女の眼は眠たげにトロンとしていたが、その力は尋常ではない。

首を絞めあげるのではなく、首の骨をへし折ろうとしているかのように。

縹は私の首を握っていた。

「や……めな…………さ……、ひょ……」

『ああ、もうまたアタシの予想が外れたよ。こんなに早く人に影響が出せるなんて思いもしなかったなあ』

 頭の中で満月の呑気な声が聞こえてくる。全くこの非常時に何をしているのか、この女は。

『っと、それどころじゃなかったか。まずは君に助かってもらわないとね。まあこのままでも死にゃしないんだけど』

 死ぬわよ。それはもう簡単に。というか、いま私の首がまだ繋がっていること自体不思議なくらいだわ。

『さ、深緋。助かりたかったら妹さんに軽くデコピンかましてちゃってくれる? ああ、本当に軽くだよ? 殆ど力なんて入れなくて良いからね?』

 だから、さっきから何を言っているのよ、あなたは。

 満月に対する抑えようのない不満と、縹に首を絞められている苦しみで既に私は限界だったが、結局私は彼女に言われたとおりこの意味のわからない事態に対処することにした。

 ペチ。

 そうして私の指が縹の額に軽く触れた途端、彼女はその行動を停止した。再びぐったりと私にもたれかかる縹を、何とも不思議なことだが、難なく抱き上げベッドに横たえる。

「……ケホッ…………。これで良かったの?」

『ああ、上出来。力加減も申し分ないし……。うん、やっぱり深緋を選んで正解だったよ』

「そう、それは良かったわね」

 未だ姿を見せない満月に適当な返事を返しながら、目についた洗面台へと足を向けた。意味のわからない事態に巻き込まれ興奮したからかどうかは知らないが、非常に喉が渇いていたのだ。

 こうして自分の力だけで水を飲むのも七年ぶりだ。

 そんな感慨に耽りながら洗面台へ近づき、そして一歩も動けなくなった。

 ……………………。

 あ~、うん。ここで一つ情報として確認しておこうかしら。

 私の髪と眼の色は黒よ。一般的な日本人が有している髪と眼の色。少なくとも七年前までは。

 だが。

 洗面台に掛けられた鏡にはそんな私の記憶を嘲るような髪と眼の色をした女が、UMAを見つけたような顔をしてこちらを見ていた。

 ……あなた、どちら様かしら? いや、現実逃避は止めておきましょう。事実が変わる訳でもないし。

 信じたくは、ええ、それはもう信じたくはないけれど、どうやらこの鏡に映った金髪で赤眼な上に、身体に完全にフィットしたエロい格好をした女は私みたいね。

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………うふふ。

 何コレ?


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