空人形、呼ぶ
八月二日 木曜日
「え?」
思いもよらなかった質問に、ベッドの上で上半身だけを起こして座っていた私は間抜けな声を出すことしかできなかった。
「あなたに面会を希望している人がいるのよ。ここにお通ししても構わないかしら?」
一回目のときよりもやや面倒くさそうに同じ言葉を繰り返す担当の看護師さん。
七見さん? それとも七味さんだったかしら?
とにかく七味さん(仮)は決して悪い人ではないのだけれど長く私と過ごしているからか、良くない慣れが生まれているみたい。
ああ、そうそう。そんなことを考えている場合じゃなかったわ。
「私は構いませんけど、どういう人なんでしょう? 私に面会を希望するだなんて」
「さあ、私にはわからないわ。とりあえずお連れするから後はよろしくね? この後デートがあるから私は帰るわ」
……前言撤回。少し悪い人かもしれないわ、この人。
私の思いなど露知らず、彼女は一人の人間を連れてきたようだ。
「じゃ、ごゆっくり」
あなたもね、七味さん(仮)。院長先生によろしく。
ドアがぴしゃりと閉められた後に聞こえてきたのは女性の声。
はっきりと響くその声はやや汚い言葉遣いで私に問いかける。
「アンタの名前は?」
「あら、私の面会を希望したのに私の名前を知らないの? おかしな人ね」
「知ってるよ、でも自己紹介はキチンとすべきだろう?」
「そうね、あなたの言うことにも一理あるわね」
私は声の聞こえてきた方へ顔を向け、名前を口にする。
「十六夜 満月、よろしくね」
「あっはっは、嘘はいけないね、四谷 深緋。まあ偽名でも自己紹介は自己紹介か。嘘偽りがアンタの性分だというのなら、いまのも立派な自己紹介だね。さて、じゃあ今度はこっちの番か」
あら、面白くない、あっさりばれちゃった。
「だけど残念なことにいまは名前がない。だからさっきの偽名を貰うとするよ。十六夜 満月だ。よろしくね」
そうして彼女は深々とお辞儀をしながら(勿論これは私の想像だけれど)、続けて言った。
「単刀直入に言おう。深緋、アンタをスカウトしに来た」
「あら、何のスカウトかしら? 見ての通り、こんな私に出来ることなんてないと思うけれど?」
「いや、これは深緋しか出来ないことだ」
「あらあら、そう言われると心が躍るわ。一体何かしら?」
「アンタには天使になってもらいたい」
………………………はい?
一体この人は何を言ってるのかしら。自分の足で歩くこともできない私が、そんな大層なものになれる訳ないじゃないの。天使が欲しいなら二次元にでも行ってらっしゃいな。
と、冗談はさておき……、この人声が本気なのよね。もう……、この部屋で狂っているのは私だけで十分だっていうのに。
心の中でそう嘆息しながらも私は黙って笑みを顔に張り付けると、手元にあったナースコールのボタンを押した。




