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月花繚蘭

「まったく、深緋程不器用な人間はいないだろうさ」

 縹が泣き止み帰った後、満月はずっとこの調子だ。

 正直言って鬱陶しい。

 ただ、成り行きで神様を悪者にしてしまった手前、その使いである彼女に対して何も言えないでいるのが現状だ。……もう限界だが。

「はいはい、不器用で悪かったわね、名波さん?」

「あっはっは、いやいや、これからも満月でよろしく頼むよ」

 というかそんなことより二人きりになれたんだから、もっと話すべきことがあるんじゃないかしら?

 そう思い満月に話を切りだそうとしたが、ちょうどその瞬間私の病室にノックが響いた。

(誰かしら? 縹はもう帰ったし……。満月、あなた誰か面会人に心当たりある?)

(いいや、アタシもないよ。どうする? 追い返してあげようか?)

 満月と相談している間にもノックは繰り返される。

 どうしたものかしらね。変な人に押し入られても困るわ。

 まあ、いまは満月が隣にいるので滅多なことは起こらないと思うのだが。

 私はしばらく逡巡したが、結局病室の扉を開ける許可をノックの主に与えることにした。

 理由?

 嫌ね、そんなものないわよ。

「どうぞ」

 私の声を合図に固く閉ざされていた扉がゆっくりと開かれ、誰かが病室にその足を踏み入れる。

 靴音が私のいるベッドへと徐々に近づいてくる。ちなみに満月は私の横に立ったままだ。一言も発する気がないらしい。

「座っても?」

 男の人の声。それもかなり若い。私と同年代か、若しくはプラスマイナス二、三歳ってところかしら。

「ええ、どうぞ」

 ずっと立たせている訳にもいかないだろう。声の主の問いに私は許可の意を示す。

「ありがとう……さて、そろそろ自己紹介をした方が良いな。こんにちは、四谷深緋さん。俺の名前は天原頼人あまはら よりと。今日は君に一昨日の事故について二、三、質問をさせて欲しいんだけど、良いかな?」

「あらあら、私に? 答えられれば良いのですが。ご覧の通り私はこんな眼ですからちゃんと応えられるかどうかわかりませんよ?」

「ああ、いや、そんなに大層なことじゃないから……、それに他の人にはもう同じことを聞いたしね。気楽に答えてくれれば良いよ」

「そうですか」

 ふむふむ。この人私の外見を見て何だか無理して優しい言葉を使ってる感じがするわね。何と言うか使い慣れてない感じ。

「じゃあ、一つ目なんだけど――」

「あの、無理して口調を変えなくて結構です。私も普段通りにしますから」

「え? ああ、うん……」

 キョトンとした様子で曖昧な返事をする天原さん。だが、すぐに我を取り戻したようだ。

「うっし、じゃあ一つ目だ。あの事故の後、この病院で何か変なことは起きなかったか? どんな小さなことでも良いんだけど」

 ふうん。これがこの人の生の声なのね。じゃあ、私も約束通り普段の私で応えることにしよう。

「別に何も。事故が起こる前の病院に戻っただけよ、天原さん」

「う~ん、やっぱそうか。どうなってんだろうな、これは」

 あら、何だか不満そうね。平和が戻ったんだからそれで良いじゃないの。

「ん~、じゃあ二つ目な。この病院の中庭にあったでけえ木。あれについて何か知ってるか?」

「ああ、それなら事故の後に聞いたわ。大昔、あの木の根元は処刑場だったんですって。そして罪人の血を吸ううちに化物になり人々を惑わせ、狂わせ、もっと大量の血を欲するようになったそうよ」

 そして呪木は最終的には焼き払われた。そう言う話があったらしい。もう関係ないことだけれどね。

「うん、知ってる」

「は?」

「いや、俺もその話を悪友から聞いたんだ。これは確認のために君にもう一度聞いただけだよ」

「あら、そう」

 ちゃんと答えてあげたのに。何だか検証に付き合わされているだけのような気がしてきたわ。

「じゃあ、最後の質問だ」

「はいはい、何でもどうぞ」

 また、どうせ検証のための質問でしょう?

 と、私はそう考えていたがどうやら違ったらしい。彼の口から飛び出した最後の質問は

「事故について何か知ってる?」

 というものだった。

「ええ、知ってるわ。集団錯乱とガス爆発でしょう? そんなこと皆知ってるわよ」

「……………………」

 ここで初めて来訪者、天原さんは押し黙った。

 まるで何かを吟味するように。

 何かを暴こうとするかのように、

「嘘……というか何かを隠してるって感じかな」

「……………………」

 今度は私が押し黙る番のようだ。

だって、そうでしょう? そこまで正確に見抜かれるなんて思いもしなかったもの。

「それについて根掘り葉掘り聞きたいところだけど――」

 だけど?

「君の後ろの金髪美人の看護師さんが怖い顔してこっちを見てるから止めとく。それにどうやら本当に全部終わったみたいだし。……ちょ、ホント怖いからその目止めて!!」

 部屋に響く音から判断するに天原さんが盛大に椅子を倒しながら扉まで一気に退避したようだ。というか、どんな顔してるのよ満月……。

「ほう~ら、少年。お帰りはあっちだぞっと!!」

「おわあッ!!」

 ……何か投げたわね、いま。

「じゃ、じゃあ四谷さん。質問に答えてくれてサンキューな!! だああっ!? それは駄目だろ!! ちょ、おい、イア!? どこ行ったイア!? 死ぬぞ、お前の相棒が死ぬぞぉぉおお!?」

 絶叫と共に天原さんの気配が消える。

 え、ちょっと満月。あなた殺してないでしょうね?

「満月?」

「大丈夫だよ、深緋。失礼なガキは追い払ってやったから」

 ああ、良かった。殺してないみたい。

「それにしてもおかしなガキだったね、まったく」

 確かに変だったけれど、もう会うこともないでしょうし、ただの野次馬根性の盛んな人間だったということにしておきましょう。

「ところで満月、あなた花は投げてないでしょうね?」

「当たり前だろう? いくらアタシでも妹さんが君に贈った花を投げる訳ないじゃないか」

「そう、それは良かった」

 もし、投げてたらブン殴っていたわよ。

「そういやさ、この花何て言うんだい? 深緋もあのとき見ただろう? 教えておくれよ」

「あら? 知らないの? この花はサルビアっていうのよ」

 ちなみに花言葉は「もゆる思い」、そして「家族愛」だ。

「ふうん、猿ビアね。良い名前じゃないか。アタシと深緋にピッタリだ」

「突っ込まないわよ?」

「つれないねえ」

 ため息をつきながら満月は私のベッドに腰掛ける。

「深緋、私も質問して良いかな?」

 何かしら? 今日は質問攻めね。

「君は世界を救う天使になってくれるかい?」

 彼女にしては珍しく緊張した様子だ。声にふざけた調子は一切ない。

 それにしても答えのわかりきったことを聞くのね。答えるのが面倒なくらいよ。でも、まあ、ちゃんと答えないとね。

「嫌よ」

「ええ~……」

「前にも言ったでしょう? 私は天使になんかなれないって」

 こんな眼も脚も不自由な私にはそんな大層なものにはなれる筈はない。こんな壊れた人形では天使にはなれない。

「だから私になれるものっていったらあなたと世界を救うお猿さんにしかなれないわよ」

 一瞬の静寂。その直後に吹き荒れる嵐。

「やっっっっっ、たぁぁぁああああああああああああ!!」

 そう叫びながら私に抱きついてくる満月。

 こらこら、偽とはいえ看護士が病院で騒ぐんじゃないわよ。

 満月に抱きしめられながら、しっかりと世界をこの眼で見つめて言う。

 どう、世界? 私はちゃんと此処にいるでしょう?

 

 そうして真っ暗だったこの病室に黄金の月が昇り、可憐な花が咲いた。


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