空人形、眠る
「やあ、目が覚めたかい深緋」
「満月……?」
声は聞こえるが彼女の姿はどこにもない。というか彼女の姿どころか何も見ることができない。
「私……目が……」
「うん。同調が解けたから、いまは何も見えないだろうね。流石に身体の殆どを再生させたから君の精神力が同調に耐え切れなくなったんだよ。再生が終わったらアタシ弾きだされちゃった」
残念ね。これじゃあ、あなたの顔を一生面と向かって見ることができないじゃない。
「ねえ、同調を解いたってことは、ちゃんと禍渦は壊せたの?」
「君のおかげでね。核ともども木っ端微塵さ。直に操られてた人間も元に戻るだろう」
「そう」
良かった。これで終わったわね。
それにしても……、疲れたからかしら? 何だかとても眠いわ。
ああ、でも駄目駄目。まだやり残したことがあるのだから。
「満月」
「何だい、深緋?」
「少しだけで良い、ほんの十秒でも良いからもう一度、私と同調してくれないかしら? もう少し世界を目に焼き付けておきたいの」
「あっはっは、おかしなことを言うね。別に禍渦は今回で出て来なくなるって訳じゃあないんだよ? これからだって深緋には手伝ってもらわなくちゃ」
「わかってるわ。それでもいま見ておきたいの」
私が初めて救った世界を。
私が憧れて止まなかった世界を。
「ふう……、仕方ないね。ちょっとだけだよ?」
満月がそう言った直後、私の身体は再び温かく包まれる。満月は深く説明してくれなかったがこれが同調の感覚なんだろう。
『はい、どうぞ。存分にご覧よ』
彼女の声に従い、ゆっくりと瞼を開く。
私を一番に迎えてくれたのはとても綺麗な満月だった。
あ、わかってると思うけど彼女じゃないわよ?
「あら? 確か今日は雨が降っていた筈じゃなかったかしら?」
戦っている最中もずっと降り続いていたように思うのだが。
『あっはっは、忘れたのかい? 落下のときに雨雲を突破したろう? そのときこの辺の雨雲全部吹っ飛ばしたのさ。ほら、中庭以外の場所はまだ雨が降ってるじゃないか』
あ、本当。私が雲を突き破ったところだけ穴が開いたのね。
『良かったじゃないか。綺麗なものをその眼に焼きつけることができて』
まん丸で、金色に輝くお月さま。
私の髪もその光を受けて、金色に輝く。
「まあ、禍渦の壊し方は全く綺麗じゃなかったけれどね、お猿さんじゃないんだから、もっとスマートにいきたかったわ」
『あっはっは、お猿さん結構。有名なハヌマーンだって猿な上に肌は金色、顔は赤だよ? もしかしたら神様は彼をイメージしてアタシを創ったのかもしれないぜ?』
「あらあら、もしそうなら神様は中二病ね」
そうして私は眼を閉じる。
『それじゃあ、今度こそゆっくりお休み、深緋。アタシがいる限り、もう君は立派に世界の一部なんだから。何にも恐れることなんてないだろう?』
そうね。じゃあお言葉に甘えて休ませてもらうとするわ。
これから見る夢はきっと悪夢なんかじゃないわ。溜めこんでいた感情を全部吐き出したせいか、憑き物が落ちたみたいに心が軽いもの。
「おやすみ、満月」
そう言って私は闇へと誘われる。
だけど大丈夫。
いまの私には金色に輝く灯りがあるんだから。