四話
「契約がリスタートされ、僕の完全なる契約下となった瞬間、授業の間離れていた僕の意思のほんの少しの緩みに、召喚が可能になりました」
アルタは周囲を落ち着き泣く確認すると、芝生が生えた地面に座り込んでリエイを見つめた。赤い毛は少し触るとごわごわしていたが、心地よく、アルタは自分が満足するまで横腹の毛を撫でていた。リエイはもちろんその間も話していたが、腹を出したそうにそわそわしている。
「そして、契約の巡行と、召喚の遂行が反応を起こしあったのが、抑止反応。つまり、互いに力が交差して、抑え切ろうとした僕の力の爆発によってあなた様は怪我をなさいました」
「つ、つまり、あの手によぎった痛みはお前の力?」
「すみません!僕にも契約上どうにもできませんで!」
「危うく死にかけたぞ…」
あの痛みを思い出して腹が立ったのか、撫でるのを途端にやめてしまったアルタに、リエイは少ししょげかえって続けた。
「そう、三つの条約についてのご説明がまだでしたね」
リエイは急にキリッとした面持ちになり、アルタに向きあった。アルタは一番引っかかっていた言葉をようやく聞けるとあって、彼も真面目に体制を整えてリエイを見つめた。
「僕がオーヴァン様に言い渡した条約は三つ。一つは先ほど申し上げましたように、他の召喚をしないこと。これは嫌でも守らされます。そして二つ目は他者に僕の能力を譲る場合に関して、僕の条件を飲むこと。三つ目は神の試練に参加すること」
「…二つ目と三つ目、一体何だ?」
「まず、二つ目はもう実行され、守られていますご安心を」
「い、いや、そうじゃなくて、父さんは何の条件を飲んだんだ?」
リエイはわん!と鳴くと素直に答えた。
「僕は誇り高き神獣。そう易々とどんな人間にでも譲られて従うわけではありません。ちなみにさっきの女は無理ですね!はい!ご主人は選ばれるべくして選ばれたご主人です」
「そ、そうか。」
何だか照れくさいのか、アルタは視線を移して頭を掻いた。
「それで、神の試練…って何だ?」
「これは、どうしても叶えて欲しいことなのですが…」
授業が終わった鐘が鳴り響いた、一斉に生徒のざわめきが広がってゆき、アルタは階段がある小窓を見つめてリエイの頭を押さえて屈んだ。リエイは話している途中だったからか、もごもごと鼻息を立てていたが、そのまま茂みに隠されてようやく顔を上げた。
「見られたらまずいからな、すまん、続けてくれ」
「はい、是非とも」
全ては、四つに分けられている世界というのはご存知でしょうか?まず、当たり前に過ごしているこの魔法と科学、召喚術が反映した世界は神が創造された世界、人間界です。そして、召喚獣でもレベルが低い動植物が生息する原生世界、そしてそれよりランクが上がる霊や妖獣、神の使いである悪魔などが生息した冥府界、そして尤もレベルが高い神獣や神の使いが生息する天界の四つです。
魔法は、与えられたものです。科学と召喚術は生み出された人間たちのものです。
召喚術は他の世界からよりよい生活を営む為に、利害を共にしてなされる契約です。
しかし、この召喚術により、世界の均衡が崩れつつあります。
それは元々いた人間が、召喚したまま朽ち、召喚された他の世界の者が還れなくなるという現象が増えたからです。
ここまではいいですか?あくびしないで下さい。
そして、神は考えました。人が神に近づきすぎたことに気づかれたのです。神は魔法と、召喚術の優れた尤も人間らしくない人物を、人間界に置いておいてはいけないと判断され、ふるいにかけ、その人間らしくない人物を天界に引き入れる。そして魔法や召喚術を、人の子から奪い去り、均衡を戻して世界をリセットしようとお考えです。
嫌な予感がします?はい、すみません。余計なことは言いません。
そのふるいこそ、神の試練という名で呼ばれた大召喚師を生み出す大会なのです。
「ちょっと待て」
「はい」
アルタは長々つらつらと話していたリエイの口を押さえて、眉根を寄せた。
「俺にそれに参加しろと?」
「はい」
「お前しか召喚できなのに?」
「はい」
「魔法も使えないのに?」
「はい、それに関しては条約はないのであなた様の腕次第ですね」
「そして俺に天界へ来いと…言っているのか?」
「できれば、そうですね!」
アルタは頭を抱えて唸った。リエイはアルタのその大げさなリアクションに慣れてきたのか、わん、と吠えて彼の頬を舐めた。
「ですが心配入れません!僕さえいれば百人力です!」
「…もういい。遅れるから俺は教室に帰る…」
アルタはふらふらと立ち上がると中庭の出口へ向かって歩き出した。リエイはわん!ともう一度鳴き、元気がないアルタを呼び止める。
「ご主人!三つ目の契約は参加するだけで構いません。そう気を落とさないで下さい!」
「あーもう分かったから話かけてくれるな。頭を整理したい。帰り迎えに行くからじっとしてろよ」
「はい!」
アルタは尻尾が千切れんばかりに振られたリエイを見つめて、肩を落として歩き出した。
前途多難。そんな言葉をかみ締めながら…。