三話
アルタは保健室で手当てを受けながら、複雑そうに紋章を見つめて黙りこくったルーペルトを見遣った。なんと声を掛けるべきか悩んでいるのか、もう掛ける言葉はあるが躊躇っているのか。手当てが終わったあともなにやら落ち着かないルーペルトに、アルタはため息をついてアルタから声を掛けることにした。
「あの、すみません、授業滅茶苦茶にしちゃって」
「い、いや、いいんだ。私こそ、力が及ばなくて…」
最後は聞こえないほど言葉を濁すルーペルトに、アルタは僅かながら動揺した。自分は生徒で、詳しく召喚術について知っているわけでもない。もしかしたら自分が禁術を与えられたことに気づかれているのかもしれないと思うと気が気でなかった。
「…マクベイン、私は君が召喚術が不得手だと知っていながら、指名し、こんな事故を起こしてしまったことを恥じている…だが、もし君に何か事故になるような事に心当たりがあったら教えて欲しい」
アルタは真っ直ぐな視線を送ってくるルーペルトから、そっと視線を逸らした。
そもそも禁術であることで、自分は罰せられてしまわないのか不安で、自分が望んでやったことではないと信じて貰えるかも分からないまま、こんなに大事な事を話していいのか躊躇する。
それに、召喚に到るまでの経緯を話せば、完全にヘティーが悪いとしても彼女が糾弾されてしまうのも忍びなかった。アルタはふっと笑顔をみせ、首を振った。
「いいえ、俺には全然」
「そうか、すまない、そうだな。では教室に戻るか、立てるか、マクベイン?」
「大丈夫ですって、先生、ありがとうございました」
アルタは軽くお辞儀をし、保健室を足早に去った。ふとベッドに視線を遣ったが、ウルリアの姿がないことに、アルタはどこか安堵していた。
ルーペルトは考えこむように椅子に体を預け、天井を見つめた。
「まさかマクベインに限って…な…」
アルタは保健室を出てすぐ、廊下の門から鼻先を突き出した赤い犬の姿を見つけ、急いで駆け寄った。幸いこの時間は生徒は授業を受けているので、廊下には誰も居なかったが、保健室にはルーペルトが居る。アルタはすぐに鼻を押しやってリエイを見下ろした。
「馬鹿、何してんだ!隠れてろって命令しただろ!」
「はい、いいえ、その」
「何だよ!はっきりしないな」
「抑止反応を確認して…つい、ご主人が心配になって」
「はっ?よくし…?」
リエイは頷くように頭をもたげ、アルタを見つめた。
「実は僕の契約には、他の召喚をしてはならない。という契約が三つのうちの一つなんです」
「な、何だよそれ…じゃあ、俺が召喚使えなかったのは?」
「はい、僕の力と契約の実効です。」
「で、でも今日はちょっと違ったぞ、もう少しで出来ちゃいそうだったけど…」
「それは、契約がリスタートされたからです」
アルタはまた長そうな話にうんざりとしてリエイと廊下を交互に見遣ると、リエイに合わせてしゃがみ込んでその大きな耳にそっと囁く。
「ともかく少し中庭に行こう、授業が終わって誰か来る」
「了解しました」
リエイは先に走り、アルタは少し間を置いてから走り出した。帰宅まであと一時間。はやく帰ってこの犬をどうにかしなければと、アルタの頭はフル回転しながら中庭を目指した。