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三話

アルタは、重い足取りで暁の庵のロビーを目指していた。

事の発端はモニカが寄越した通信機。アルタが応答した途端、まくしたてるようにロビーに来るように言われたアルタは、不安を抱えつつも、しばらくリエイをフレディクに見てもらうことにした。

会ったばかりで信用してよいものか考えたが、彼は快諾し、もし信用ならないならと彼の鍵まで受け取った。そのため、いつまでも疑って部屋にいるわけにもいかず、こうしてロビーへとやったきたのだった。


モニカは入り口付近に立ち尽くし、言い寄ってきた男たちをあしらっている最中だった。

見るからに声を掛けづらい状況の中、アルタに気がついたモニカがキッと視線を鋭くさせ、アルタを睨んだ。


「遅い!」


側にいた男を突き飛ばし、ヒールをならして歩く様は、益々へティーを彷彿させる。アルタは自分の女運のなさを悲観しながらも、手っ取り早く用事を済ませるためにモニカへと近づいていった。


「下僕の分際で…私を待たせるなんていーい度胸ね…」

「…何だよ、俺は今お前になんか構ってやるほど暇じゃな…」

「…ここ、何もなさすぎるの。アンタ…買い物に行ってきなさいよ」

「はあっ?!」


アルタは耳を疑う。そんなことをしている間に、リエイの病状が悪化でもしたらどうする。もしフレディクが刺客で、リエイを送り返されでもしたら。

突然芽生えた能力や、へティーから明かされた真実。それから母親の存在。

整理する暇を与えられなかったアルタの頭は限界に達し、ついにそれは怒りとなってこぼれ出た。


「ふざけるな!馬鹿にしやがって…俺は今、俺のことで精一杯なんだよ、お前のことぐらい、お前自身がしろっ!」

「な、何を怒って…!」


モニカは反抗したアルタに驚き、腰に巻いていた鞭に手を掛けた。

だがその瞬間、パッとその手を払ったアルタの表情を見上げ、モニカは凍りついた。

強い憎悪に包まれた、それでいて強い意志。

圧倒され、モニカは言葉を失ってただ呆然とアルタを見つめた。


「これ、もういらねえからな」


ぐいっと無理やり押し付けるようにモニカに持たされた通信機を返し、アルタは自室に帰るべく踵を返した。突然怒り出したアルタに、自分の怒りすら忘れてしまったモニカはつい、あっ、と短く声を発して右手を伸ばした。

引き止めたい、そう思って出した右手は彼女のいつもの姿からは想像もできないほど弱弱しかった。そして、引き止めることなど叶わず、ぶらりと宙を掻いた右手をおろし、モニカは一人きりになってようやく声を出した。


「何よ…一緒に行くって…言えばよかったの…?…下僕のくせに…」




 荒々しくドアを閉めたアルタに、フレディクはやや驚いて顔をほころばせた。

まだ怒りが収まりきらないアルタは、無言でフレディクに鍵を返し、ベッドに横たわった。


「何だよ、彼女と喧嘩したのか?」

「違う、彼女なんかじゃないあんな女…」

「ハハッ、若いな」


フレディクは額に巻いてあるバンダナをくいっと引き上げて笑んだ。今のアルタは無駄に明るくしてみせるそんなフレディクの笑顔すら腹立たしい気分になった。

だがフレディクはそんなアルタをなだめるように、静かな声で返した。


「さっきの子、友達だろう?どうして喧嘩なんかしたんだ。この大会では一人の味方だって有利になるチャンスだってのに」

「…俺は…今リエイがこんな状態なのに、あのわがまま悪魔女が買い物に行ってこいだなんて言うから…!」

「…なあ、それってアンタと仲良くしたかっただけ…じゃないか?」

「…そうかな」

「そうさ。いったろう、この大会では味方は一人でも多いほうが有利。裏切られる可能性だってあるがまあそれは諸刃の剣。彼女は素直じゃないタイプなんだろう?」


アルタは黙り込んでリエイを見つめた。

リエイはフレディクと同じように、叱るでもなく、同情するでもないようにじっとアルタを見つめている。

フレディクはそんな二人を交互に見遣り、ベッドから立ち上がってアルタの前に立ちその頭をやんわりと撫でた。くしゃり、と柔らかい栗色の髪が様々な方向に跳ねて、アルタは驚いて顔を上げる。


「彼女もそうさ。きっと利害も共にして、本当に戦えるような相手をアンタだろうと選んだのさ。素直じゃないからただそれをうまく…伝えられないんだよ。」


アルタは撫でられた頭に手を遣り、やり場のない照れくささに困って俯いた。

あまりに色んなことがおきすぎて、他者を疑うことに真剣で、思いやることを忘れていたことに気づかされてアルタはため息をついた。

そしてほんのすこし口元をゆるませて、小さな声で返した。


「…なんだか…フレクは俺の叔父さんに似ている…考えさせられたよ…その疑って…ごめん」

「いいさ。ここでは疑うのも大事だからな。早く謝ったほうがいいんじゃないか?頭も冷えただろう」

「そう…だよな。うん、ちょっと走って行けば間に合っ…」


アルタはフレディクに背中を押され、立ち上がると駆け出した。しかし前はしっかりと確認しておらず、ドン、と何かにぶつかるような感覚がしてアルタはすぐに立ち止まった。

目の端に、金色の光が舞い上がる。

それはまるで窓の外に舞い落ちる雪が、ほんのわずかに視界に侵入するかのようなもので、

両の目がその姿を捉えたときには、その黄金の光は瞬く間に姿を変えて真っ白に輝いた。

アルタが思わず目を奪われていると、颯爽と彼の元にひれ伏し、白銀の髪がさらりと揺れ、その姿がアルタにも確認できた。


「ご無沙汰しておりました…アルタ様…」



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