第一章 晴天の霹靂
アルタは今の事柄を整理しだし、口を閉じた。自分がずっと幼かった頃、リエイという召喚獣を預けて消息を断ったオーヴァンという自分の父。そして、その父と契約していた召喚獣リエイは、その父と命と条約を元にとてつもなく大きなことを成し遂げる為に召喚された。そしてそれは達成されたかどうかを置いて、自分に継承され、自分はいつか喚んでもない召喚獣に命を預けなければならない。
そして、この一連の召喚は、禁術と呼ばれている。…そこまで整理し、アルタはふと思い出した。
召喚には、名前か、自分が召喚したと証明できるものがなければ召喚することが出来ない。
しかし、あの時ヘティーが持っていたのは、ウルリアの名前が刻まれたロザリオで、それがヘティーの召喚したという証にはならない。それなのにも関わらず、イノシシを召喚してみせたヘティーに、アルタは違和感を感じた。
「なあ、ウルリア…お前あの時…」
アルタは眉間に皺を寄せたまま、ウルリアを見遣った。ウルリアがそれに答えようと振り返った瞬間、いつの間にか側にいたリエイがそれを遮った。
「ご主人、誰かの足音がします。ひとまず僕を見られては色々と面倒なのでは?」
「は…?!ちょっと待っ…」
「行きましょう、彼はここに預けておけば安心なのでしょう?」
アルタはしつこく服を引っ張るリエイをうっとうしげに見つめたが、会話が聞こえないウルリアはのん気にその様子をみて微笑んでいた。
「出たいみたいだね、少し外に行ってきたら?僕はしばらくここにいるよ。昼休みももう終わるし、気にしないでいいよ」
「ったく、ならいいよ。お前も今度からは気をつけろよ!」
「ありがとう、アルタ」
アルタは強引に外へ連れ出そうとするリエイを引き剥がし、のろのろ立ち上がって保健室から出た。
リエイは一足先に保健室から飛び出すと、離れた場所からアルタが来るのを待つことにした。
アルタは戸口まで歩いて行くと、ウルリアに振り返った。
「…ウルリア、今度はちゃんと相談してくれよ…何かあったら、駆けつけるから…」
「うん…もうほんと、大丈夫だから。」
ウルリアはアルタに笑顔を見せた。アルタもその満面の笑みに納得したのか、頷くと保健室を出て行った。ウルリアはアルタが出て行くまで暫くその笑顔でいたが、姿が完全に見えなくなると小さくこぼしてため息をついた。
「ごめん、アルタ…なにもかも、僕のせいだ…」
アルタは救命道具が入った箱の後ろに隠れてこちらを見上げるリエイをうんざりとして見つめた。リエイは犬らしく尻尾を振りながらアルタに駆け寄ると、アルタの服の端を再び噛んだ。
「いや、すみません!では、もう少し安全に話せる場所に移動しましょうか」
「馬鹿を言うな、俺はこれから授業があるんだ。お前と会話している時間はないんだぞ」
「それは…困りました」
「お前、アレ。今までみたいに俺の手に隠れられねえの?」
「それはできません。この姿になった以上、契約のリスタートとして認識されていますので紋章に帰還する理由が必要となります」
「はあ?!」
アルタは頭を抱えた。軽く困ったという間抜け面をした犬よりよっぽど困った状況におかれたアルタは散々言ってやろうと思っていた悪態も飲み込んで出てきたのは長いため息だけだった。
リエイはやや首を傾げて、わん!と元気よく鳴く。
「その理由って何だよ?」
「契約の破棄、契約者の死亡、紋章の描き替えなどがあります」
「じゃあ、その契約破棄っていうのはできないのか?」
「できません」
はっきりと二度目の否定をされたアルタは、しゃがみ込んでリエイの顔を睨んだ。
「おい、どういうことだよ?何で父さんには出来ていて、俺には出来ないんだ?」
「破棄するお力があなた様に残念ながら足りないのです。あなた様のお父様は大召喚師であらせられましたから、その能力をお持ちでしたが、僕の契約は特殊なので、まだ出来ないかと」
アルタは唸り声をあげ、立ち上がると地団駄を踏んで頭を掻き毟った。一言で表すならば混乱状態といった所だろう。
リエイは静かにアルタを見上げたまま、励ますようにもう一度犬らしく吠えた。
「まあ、そうお気を落とされませんよう。僕がいればあなた様は無敵です!」
「はあ、もういい。怒ったって悲しんだって仕方ないもんな…とにかくお前をどうにかしないと…」
「その意気です!」
「…お前、少し黙ってろ」
アルタはリエイを改めて見つめた。体の大きさは人間の子供ほどあった。二本足で立てば、だいたい自分の身長ほどありそうな犬の隠し場所など見当たらない。実際、箱から少しはみ出していた。
アルタは暫く考え込んでいたが、ふとある場所が思い浮かんでリエイに視線を戻した。
「さっき居た中庭、分かるか?」
「はい」
「あこには人が入らないんだ。さっきあれほどの騒ぎを起こしていて誰も来なかったろう?あこの草むらでじっとしていてくれないか」
「それがご命令とあらば」
「じゃあ、それだ、うん、命令」
リエイは畏まったようにお座りすると、風が吹き抜けてゆくような速さで走り去った。アルタはもう見えなくなったリエイの赤い姿を少し視線で追って、鐘の音を聞き、走り出した。