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―ヘティーの追憶3―


 家はヘティーが何となく口頭で伝えながらたどり着き、ヘティーは少年にお礼を述べて屋敷へと走った。家のすぐ側で別れた少年はひらひらと手のひらを振って笑顔でヘティーを見送りしばらくずっとそのまま立ち尽くしていた。

ヘティーはそんな少年などお構いもなしに走り出した。ふつふつと忘れていたような怒りが体中に駆け巡り気持ちが悪かった。首から下げた鍵をひねろうとドアノブに手をかけた瞬間、ドアはまるで彼女を案内するかのようにゆっくりとそのまま開いてすぐに止まった。


(鍵がかかっていない?使用人の不注意なら叱り付けてやる、この鬱憤と一緒に!)


そういきりたって邸内に入った。


シン、と驚くほど冷たい静けさが広がっている。

そこはまるで今まで自分が過ごしていた家だとは思えないほど雰囲気が違ってみえて、ヘティーは足を止めてエントランスを見渡した。


何か変だ。

でも一体何が?


背後で突然大きな音がし、ドアが風で閉じてしまったのに気がついて、ヘティーは息を飲む。

手のひらでそっと魔法を操り、薄暗い邸内を少しだけ照らしてヘティーは住み慣れた家に恐る恐る歩き出す。


「ママ…?ベッキー、ミック、イザベラ?!いるんでしょ!返事なさいよ!」


使用人の名前をあげるが返事がない。

まるでお化け屋敷じゃないか。これは何だ?

そうまで考えた挙句、ヘティーはふとある考えに到って表情を一変させた。


(そうよ、もしかしてこれは…パパのサプライズなんじゃない?)


誰もいないと思わせる邸内。返事の全くない使用人と人影。

そう考えると今まで抱いていた不安感が一度に抜け、ヘティーはわくわくした気持ちを取り戻し始めた。

そうだ今日は最高の日、誕生日!

嫌なことが起こるはずなんてない。アルタからもらった手袋を鞄にしまいこんで、ヘティーは走り出した。


「もうどこ!?絶対見つけちゃうんだから!」


ここじゃない、ここでもない、色々な部屋をまるで宝探しでもするように開けて行き、ふとダイニングへと続く中通路のドアが開いているのに気がついてヘティーは表情を明るくする。

勢いよくドアを開く。きっとそこには使用人が飾りつけたパーティー飾りがあって、

悪夢にみせかけた最悪の誕生日は終わる。

そう信じてヘティーは飛び出した。


「ここねっ!」


はしゃいだヘティーの声が外にむき出しの中廊下に響き渡った。

その声は反響し、花弁のように舞い散る雪のようにさっと消え、ヘティーは勢いあまって何かにつまずき、倒れこんだ。


「きゃあっ!」


鼻から転んでしまったヘティーはとても女の子とは思えない悪態をつき、体を起こす。

そしてつまずいた物を改めて見つめ更に声にならない悲鳴がこみ上げる。


「イザ…ベラ?」


黒いメイド服を身に纏った女性がひとりうつぶせにたおれこんでいた。

ヘティーは一瞬驚いたが、これもサプライズだろうとこみあげる笑いが止まらなかった。こんな寒い所でかわいそうに。そうそっと起き上がるように声を掛けようと手を伸ばした瞬間、イザベラはものすごい力でヘティーの手首を掴み、顔を上げた。


「おじょう…さま…っ」

「ひっ…い、イザベラ…?!どっ、どうし…?」


イザベラの顔は、半分、潰れたトマトのように半壊していた。

それはおふざけでメイクしたにしてはできすぎていて、その何よりの証拠に臭いが立ち込めていてヘティーは思わず顔を背けた。手を放して欲しい、そう思ったが、イザベラはこの瀕死の状態にて伝えたいことがあるのか、音にならない声で懸命に訴える。


「お逃げ…くだ…あのおとこ…がき…て」

「いやっ…いやよ放して!何を言っているのよ!」


ヘティーはイザベラにつかまれた手を振りほどき、走り出した。


(嘘でしょう…!?パパ、ママっ…!)


ヘティーはダイニングの扉を開け放った。

その瞬間、ものすごい死臭が鼻をつき、むせかえった毒ガスのようにそれは脳内をつきぬけ耐えられないほどの嘔吐感にヘティーは胃液を吐き出した。

地面に自然と落とされた視線は死屍累々の真っ赤な絨毯を映し出し、ヘティーは金切り声を上げてドアまで後ずさった。


そういえば母親は?そう思って虚ろな瞳は真っ直ぐにダイニングテーブルに寄せられた。

そこに一人、俯いて座り込んだ一人の女。それこそまさしくヘティーが愛する母親だった。


「まっ…ママ!」


ヘティーは平常心を既に失い、今まで可笑しくやってきた使用人たちの顔や体を踏みつけながら母の元まで走っていった。大丈夫だ、母親は無事だ。それだけでもこの不可解な悪夢を少しは和らげてくれるはず。そう思ってヘティーは母へと手を伸ばす。


「ママ、ヘティーよ、ねえ、ママ!」


体を揺さ振るが、どうしたことか反応がない。だが生きてはいる。

もうこの現状に精神をやられてしまったのか、目は虚ろで何も答えない。それでもヘティーはぼろぼろと涙をこぼしながら母を揺さ振った。


「ねっ…ねえ、ママ?」


ふとぐるりと突然、母親が顔をしっかりとヘティーに向ける。

ようやく安堵の息をついた途端、母はその唇からだらしなくよだれを垂らし、白目をむいた。

ヘティーは豹変した母の姿に驚愕し、血溜りとなった床に尻餅をつく。


「ママ…」

「その人はもう、人間として生きていけないよ」


ヘティーは振り返る。

一度聞いた声だった。こんな現状なのにも関わらず、その声はどこか客観的に冷静で、穏やかだった。


「心が壊れてしまったんだ。彼女の夫が守る魔石が、奪われてしまったからね」

「さっきの…!」


上品なブーツはすっかり血で汚れ、真っ白だったポンチョは赤く染まっている。

先ほどの人当たりがよさそうな少年はまるでさっきからその場にいたような佇まいでにっこりと笑んでいた。ヘティーはすぐに、彼が自分の家族を貶めた人物だろうと理解し、声をあげ、そばにあった飾りの剣をふりかざして飛び掛った。

しかしまだ六歳の少女がうまく剣をあやつれるわけもなく、すぐさま避けられてしまったヘティーはそのまま血の海に倒れこんだ。


「どうして…パパは…パパはどこっ?!」

「君のパパは死んだよ。ママとママの魔石を守る為にパーンっと水風船みたいに破裂しっちゃってさ」


手のひらを鳴らして、少年は大げさに笑ってみせる。


ヘティーは目の前が真っ暗になりそうになりながら、再び剣をかまえた。


「手が震えているかわいそうにね…ねえ、武器はこうやって使うんだよ」


少年はそっと手をかざし、手のひらに握っていた魔石を透明な剣へと変えた。

ヘティーは恐れる余り剣を手放し目を閉じた。


「ほら、ちゃんと見るんだ。この醜い色の魔石が君のママだよ」

「いやあああああああっ」


剣は一直線にヘティーの腹を突き破り、口から出た真っ白な息は数回浅く繰り替えされ、魔石の剣は侵食するようにへティーの体に入り込み、しばらく魚のように口を開いていたヘティーは気絶してそのまま地面へ倒れこんだ。

少年、クロードは笑む。悪しき魔石の触媒となる憎しみを抱いた少女の姿を見下ろしてそっと膝を折った。



「憎しみこそが…お前の生きる価値だよ。ヘティー・ディズリー」




そして彼女は再び目を覚まし、その内に秘められた邪悪な力も知らず男を憎む。

それこそが彼の本意とも知らずに…。




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