四話
アルタが再び目を覚ました瞬間、突然アルタの耳に街の賑やかな喧騒が飛び込んできた。
ほんの一瞬目を閉じただけだというのに、その手にだらしなく握られたチケットが切られた瞬間、アルタは確かにあのシモンの部屋からいなくなり、そしていま彼の眼前には巨大な都市が広がっていた。
アルタはぽかんと口を開いたまま立ち尽くし、すれ違う人に肩をぶつけられてよろめいた。
空はいやに高く、何万ともいえる人やその他の種族が慌しく通り過ぎてゆく。
調度アルタが見つめる先に、ウーラノス教団の大聖堂がそびえ立っていた。見上げてもその全貌が見つめられないほど巨大な聖堂の周りにはこの都市を構成している住人の居住区とショップがひしめき合い、この聖堂へ向かう橋自体が小さな国にも思えた。
「すっ…げえ…」
「アルタ様、ここに突っ立っていては危険です。場所を移動しましょう」
「あ、ああ」
アルタは聖堂を見上げたまま、生返事をしてリエイに振り返った。
しかしリエイの忠告虚しく、リエイがいる方向とは反対に振り向いたアルタは通行人である一人の少女に頭からぶつかり、少女は尻餅をつき、アルタは悶絶してしゃがみこんだ。
「ご、ご主人…!」
「いった…!ごめん、大丈夫か…?!」
アルタはぶつかった少女を一瞥し、額をさすった。彼女のほうが頑丈だったのか、アルタの額はこぶができて盛り上がっていた。
「ごめんなさい…私、前を見すぎてぶつかってしまったみたいで…」
少女は怪我などしなかったのか、すくっと立ち上がるとまだ立てないでいるアルタに細い手のひらを差し出した。アルタは何となくその手につかまって立つと、折れてしまいそうに思えたためやんわりそれを断り、よろよろと立ち上がった。
「あ、そのチケット…あなたも試練の大会に参加するのね?」
アルタがぶつかった拍子に落としてしまったチケットに視線を遣って、少女は微笑んだ。
アルタはくしゃくしゃになってしまったチケットに視線を落とし、再び少女に戻して苦笑する。
「あ、…ああ、まあ…きみも?」
「そう。わたしね、一緒に来たはずの子とはぐれちゃって…会場がこの橋の向こうなのは分かるのだけれど…沢山参加している人がいるでしょう?不安で…」
「では、僕達とご一緒したらいかがですか?ねえ、ご主人?」
「えっ」
人間の姿をしているリエイは気さくにアルタへ笑顔を向けた。
なるべく大会前からは面倒ごとを避けたかったアルタだったが、彼女をそのまま見捨てる気にもなれず、大きなため息をついて頷き返した。
「そう…だな…きみ、名前は?俺はアルタ。アルタ・マクベインこいつはリエイ」
「そう、アルタとリエイね。わたしはアーデルハイト・バッカー。アディでいいよ」
「じゃあ、よろしく、アディ」
アルタは右手を差し出し、先ほど折れそうだと感じた彼女の冷たい手のひらを握った。
リエイもそれを返し、三人はさっと大聖堂を見上げる。
アルタは息を飲んだ。あの向こうにはクロード、そしてウルリアがいるはず。
命に絡み付いていた呪いは新たなリエイとの契約で打ち消されたが、またその契約内容と魔法陣を把握し、いつ呪われたり殺されそうになるか分からない。
「行こっか、アルタ」
能天気なリエイと穏やかなアーデルハイトの笑顔を見つめ、守るものが出来たアルタはより一層気を引き締めた。
アルタに科せられたハンデ。魔法と召喚が十分に行えないアルタの武器は只一つリエイだけ。
リエイの本当の力を手中にし、何が何でも過去の真相を知らなければならない。
アルタは曖昧に笑い、「今行く」と答えてじっと目を閉じた。
(ウルリア…お前の本意も必ず…俺がこの手で暴いてやる…!)