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二話


 深い闇のような漆黒のカーテンの奥は、アルタが何となく想像していた世界とはかけ離れていた。だがしかし、その顔をしかめたくなるようなフリルと少女的趣味が押し込まれた部屋は想定内の一つと言えるだろう。それはコルネリアの姿と物腰を見ていれば分かることだった。

アルタは魔女の部屋のような物騒な物がある部屋だと想像していたのだが、

客用のソファーとテーブルが部屋の真ん中に鎮座し、それらには勿論桃色のフリルが重ねられている。部屋は桃色とフリルで統一され、簡易なキッチン、洋服ダンスだと思われる真っ白なクローゼットがいくつか並んでいる。アルタが想像したような鍋などはなかった。


アルタはおずおずとソファーに腰掛け、お茶の準備を始めたコルネリアを見遣った。側に寝かせたリエイが時々苦しそうな声を上げる度、アルタは一度視線を戻す。

シータのことも気がかりだったが、今は別に心配なことがアルタにはあった。


「その、ディズリーは?」

「ああ、彼女でしたら医務室ですわ。もう少し落ち着いたみたいですけれど…何があったか分かって?」


アルタは首を振った。

あの時、ヘティーはシータの召喚獣から自分を守り、心配したシータが触れた途端悲鳴をあげた。そういえばウルリアが失踪し、その秘密と引き換えに大会の辞退を脅したときもそうだった。彼女はシータが何者であるのか知っている。アルタはコルネリアが差し出したお茶に口をつけて押し黙った。

コルネリアはアルタの前に椅子を引きずってくると、静かに腰掛け、アルタを見つめた。


「俺には…分からない…」

「そうですの…ぼっちゃ、ふふ、嫌ですわまた間違えてしまって、アルタ様が」

「あー、もういいよ、面倒だから好きに呼んでくれ」

「ごめんなさいね、それで」


ソーサーからカップを取り、カチャンと小さな音が触れ合う。

コルネリアは少し喉を湿らせてから続けた。


「こうして、ご無事でお元気そうになさっていただけで、わたくしは幸せですわ、と申し上げたくて…大会に参加なされるのは、わたくしが口をはさむのもおこがましい話ですが、わたくしは」


コルネリアの細い指先がアルタの手に重なる。

アルタは少しどぎまぎしてコルネリアを見つめて、コルネリアはリエイを一瞥し、首をもたげた。


「いつまでも…坊ちゃんにはお元気でいて欲しいと、切に願っておりますわ」


アルタはそっとコルネリアから手を離した。まるで心の中をじっと見つめられているような気持ちになっていたたまれない。アルタは大きく息を吐いて本題に移ることにした。


「それで…先にリエイは助かるのか聞いておきたい」


コルネリアは深く頷き、席を立った。

そしてキッチンに備えられていた小棚からおしゃれな瓶を取り出すとアルタに振り返る。


「これは、妖精の涙といいます。」


小瓶に納められていた少量の液体は、魔灯の光に反応して淡く光っていた。コルネリアはアルタに瓶を手渡し、リエイがシータの召喚獣にやられた傷をしげしげと眺め、リエイの体をアルタに向ける。

アルタが戸惑っていると、コルネリアは立ち上がって笑んだ。


「その小瓶は召喚獣の傷を癒す唯一の薬です。どうか傷に」


アルタは改めてリエイを見下ろし、浅く、今にも消え入りそうな息をするリエイにそっとしゃがみ込んだ。そして祈るように目をとじ、小瓶の蓋を置いた。そしてリエイの痛々しい傷に少しずつ振り掛ける。


「リエイ…!」


すると、傷口がすぐに輝きだし、傷はみるみる塞がっていった。もう向こう側が見えてしまっていた風穴もすっかり本来の体に戻り、しいて言えば傷の周りだけ赤毛が薄くなっただけだろう。アルタは安堵し、コルネリアに礼を述べた。


「ありがとう…、コルネリア」

「いいえ、わたくしは自分の仕事をしただけですわ」


優しく笑んだコルネリアに頭を下げ、アルタは自分の制服をリエイの体に被せた。

そしてゆっくりと視線を戻し、右手に下ろす。

じんわりとした違和感、そして包帯はいつしか黒い染みを作っていた。

アルタは包帯を解きながら、腐敗してしまったかのように変貌した自身の手に顔をしかめた。


「…これは…酷いですわね…これでは召喚獣も本来の力を出せなかったわけですわ」


コルネリアはアルタの右手を取り、入念にその呪術の招待を見破ろうと見つめている。アルタはふと、真ん中の黒い薔薇が一枚花弁を散らしているのに気がついた。それはすなわち、この呪いによってアルタが死ぬのが短くなったことを示している。


コルネリアは唸り声を上げ、アルタの手を掴んだまま、視線を落としたまま、近くの棚を漁って本を探し出した。乱暴に手でその棚をまさぐったため、ぼたりぼたりと次々色んな物が床へと落ちてゆくのもかまわず、コルネリアは解析を続けた。


ただそれを見ているだけのアルタは床に落ちた本が気になったが、コルネリアがあっ、と声を上げたので再び意識をコルネリアに寄せた。


「この名前…」

「何か…分かったのか?」

「…坊ちゃん、この呪いは二人の者によってかけられた呪いで…これは…」


右手からようやく視線を上げたコルネリアの顔は困惑を乗せていた。アルタはじれったさを感じ、続きを尋ねた。


「な、何?」


コルネリアは少し間を置いて、恐る恐る口にした。


「この呪術は上級呪文で、この呪いには生け贄が出されていますわ」

「いけ…にえ…?」

「呪術の跳ね返りを術者以外の者が受ける為の生け贄…名前は」

「いい、聞きたくない!」


アルタは耳を塞いだが、指の隙間からは容赦なくアルタの予感通りの名前がコルネリアの声となって侵入する。


「ウルリア・ダックフォーズ…」





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