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二話

 

 「この世界で召喚できる召喚獣は大きく分かれていて、下から虫類、家畜、妖獣、妖精、霊、神の使い、神獣…」


アルタは結局、ウルリアにまだ寒い時期だというのに裸足で連れまわされ、教室の椅子に座って靴を履き直していた。教科書には色つきで召喚できる物が記載されていたが、彼は授業だけはまともにと受けていたので、ウルリアの初歩的な解説は受け流していた。ウルリアはその中から虫類に大きく丸を教科書に書き込んで、首から下げていたロザリオを取り出した。


「この虫類は数がとても多いから、詠唱時間も短いし、使役に失敗してもまた新しいものを喚べて便利なんだ」


ウルリアはロザリオをアルタの机の中心に置き、その周りを黒いペンで囲んで両手を組んだ。ただペンで囲まれただけの魔方陣はロザリオを媒介として輝き、白い光を生み出した。やがて白い光が消えてゆくのと共に、二人の目の前に黒く大きな羽を持つ蝶が舞い降りた。


「召喚獣は、自分の名を刻んだ物か、自分が召喚したと証明できるものがないと召喚できない。そこ等辺はまあ、授業で習った通りだけど」

「じゃあ俺のやりかたが間違っていたのかな」

「分からないけれど…、ロザリオに名前を刻んで試してみるといいよ。」


アルタはウルリアが召喚した蝶を見上げてため息をついた。生まれてから一度たりとも、召喚に成功したためしがなく、今目の前を舞っているこの蝶ですら、アルタには難関だった。

アルタは大きく息を吸い込んで、渡されたロザリオにペンの先端で軽く傷をつけるように名前を彫った。


「これでいいのか?」

「うん、上出来。レベルの低い召喚物は、使役の義務がない。たとえば僕達には無理だけれど、霊や悪属性の召喚をした場合、何か必ず役割を与えなければ見返りを求められるリスクが伴うんだ」

「まあ…俺には関係のない話だ…」


アルタはロザリオをウルリアが実戦してみせたようにペンで囲んで意識を集中させた。できるだけ召喚する対象を思い浮かべながら、アルタは暫く目を閉じていた。だが魔方陣に変化はなく、ロザリオも輝かない。アルタは諦めたように机に書き込んだ円を指で消した。


「駄目だ…ぜんっぜん何も出てこねえ…」

「ううん、困ったね…」


落胆の表情を見せるアルタに、かける言葉が見つからず、ロザリオを仕舞ったウルリアは、甲高い笑い声に反応して顔を上げた。


「落ちこぼれ二人が、仲良くお遊戯かしら?」


狐のように釣りあがった目は、挑発的な言葉とともに、なじる様に二人を見つめた。アルタは眉を寄せ、つっかかってきた一人の少女と、その背後に立った取り巻きの少年を見上げる。


「へティー…。」

「ごめんなさいね、思わず目も当てられないから口を出しちゃったわ」


取り巻きの二人である少年、バーツとライアンがへティーの言葉に下品な笑い声を上げた。へティーは端整な顔を歪ませて口元を手で隠して笑んで、アルタの机の上の物を片手でなぎ払った。


「アンタにはこの学園は似合わないわ。さっさと出て行ったらどうなの、アルタ・マクベイン」

「俺は…十五年間本当の息子のように接してくれた叔父さんにどうにかして恩返ししたい、その為にここに通わせてもらっているんだ!軽々しくそんな事を言うな!」


アルタの机から、ウルリアが作った彼のロザリオ、教科書と筆記用具が大きな音を立てて床へと落ちていった。ウルリアはそれらを拾い上げ、今にもヘティー掴みかかりそうなアルタの手を引いた。


「アルタ!」

「まあ、野蛮。簡単な召喚もできないくせに、笑わせるわね。行くわよ」


ヘティーは嘲笑し、アルタを一瞥すると、背を向けて歩き出した。アルタはまだ怒りが収まらず、ヘティーを呼び止めようとしたが、ウルリアがそれを止めた。


「止めときなって、アルタ。彼女の父親はこの学園に莫大な投資をしていて、この学園は彼女に頭が上がらないんだ。だから付け上がってあんな事を言っているだけさ」

「くそ、俺にもう少し希望があったら…、あんな事、言われず済んだのに…!」


学園に付属した教会の鐘が厳かな音を立てて響き渡る。授業の始まりの合図に使われている鐘の音に、周りの生徒はぞろぞろと着席を始めた。

ウルリアは拾ったアルタのロザリオとペンを返し、自分の教科書を抱えて椅子から立ち上がった。

アルタは不服げにまだ奥の席にツンと澄まして座ったヘティーを睨んでいたが、ウルリアを見上げ、軽く手を振った。


「じゃあ次はお昼休みに」


ウルリアが自分のクラスへと戻っていったのを見つめながら、アルタは手の甲に刻まれた複雑な紋章を見つめて嘆息する。


(こんな飾りの魔方陣を残してくれるなら、他にもっといいもんが無かったのかよ、親父…)


父は生まれてすぐに事故で死んだと聞かされていた。唯一自分が残されたのは、この紋章が刻まれた手の甲と、包まれていた布一枚だったのだという。両親がどんな顔をしていて、どんな生活をしていたか知らない。アルタはせめて、術が使える能力ぐらいは授けていて欲しかったといつも思っていた。


やがて教師が入ってくると、自然に授業は始まった。アルタは先ほどへティーに落とされたペンをじっと眺めながら、自分が行うことのできない知識を身につけるために机へと向かうのだった。




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