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プロローグ

 男は、胸に抱えた小さな我が子を隠しながら路地を駆けていた。追っ手はすぐそこまで迫っていて、一刻の猶予もなかった。泣き叫ぶ子供をあやしながら、男は従者の女に子供を預け、刺青が描かれた額に触れた。


「この呪いを受け渡すこと…許してくれ、息子よ…」


ほのかな光が指先に宿り、額の紋章が消えた。そっと小さな手のひらに指先を持ってゆくと、柔らかい小さな手は真っ赤な光に包まれた。男は苦しげな表情をし、女に振り返って大きく頷くと、被っていたフードを取ってきた道を戻って走り出した。

女は男が見えなくなると、赤ん坊が包まれた布に顔を埋めて泣いた。


「どうか、あなた様だけはお強く生きてくださいまし」

そして女は赤ん坊を抱えたまま走り出した。

手の中の赤ん坊は、今自分の置かれた環境全てが理解できず、ただ父を呼ぶように泣く。

手の甲に刻まれた光はやがて収まり、彼が十六の誕生日を迎えるその日まで輝くことはなかった。



         アルタの赤い狗



 アルタは所謂落第生だった。授業態度が悪いとか、素行が悪いわけでもなく、彼には元々才能が皆無に等しくなかった。ものごころつく前から叔父に預けられて育ったアルタは、元貴族のいい家の育ちで生活に不自由はなかったが、魔法と召喚獣が当たり前のように生活や社会に取り込まれていた世界の中で、一番不得手なものがその魔法と召喚術だった。

生まれてすぐの子供ですら使えるような弱い魔法や、召喚術が使えず、彼はかねてからこの事に苦しんでいた。叔父は家を継がせたいからと、なんとしても召喚術を学んでほしい一心で彼を魔術学校に入学させたが、彼の才能が花開く瞬間が一度も訪れることなく、魔術学校に入って、十年が経とうとしていた。


「おはよう、アルタ」

「ああ、おはよう、ウルリア」


彼は玄関先で出会った友人、ウルリアに笑顔を向けられ、力なく微笑んで返した。教科書を詰め込んだ鞄を側において靴を履き替え始めたウルリアは、やけに元気のないアルタの様子に苦笑した。


「元気出しなよ、実施って言ったって訓練だからさ、できなくったって成績には入らないよ」

「だけどなー、ウルリア。それはいつもじゃない。いずれ成績に関わる成果を求められる日がくるだろう?あー、やるせない、俺、叔父さんになんて顔していればいいんだ」


ウルリアは靴のかかとを叩きながら、下駄箱に額を預けてうなだれたアルタの肩を叩いて、思い出したように鞄を開いた。


「そうだ!僕、お守りを作ってきたんだ、ほら」


ウルリアは鞄から取り出した金メッキのロザリオを差し出して笑顔をみせた。アルタは下駄箱から顔を上げて、ウルリアからロザリオを受け取った。


「これは、召喚の媒体に使うと苦手な人でも低クラスの昆虫ぐらいは呼べるようになる。実施では召喚できるかどうかがまず試されるから、これ、使ったらいいよ」

「…サンキュ、ウルリア。」

「ううん、見て。僕のとお揃いだよ」


ウルリアは首からぶら下げた全く同じ型のロザリオを引っ張り出した。アルタはやや照れくさそうに笑うと、頭を少し掻いて笑った。


「なんか女の子みたいで、恥ずかしいな」

「何言ってるのさ。概製品だと思えばいいでしょ、ほら早速試してみるから教室に急ぐよ」

「お、おい、そんな引っ張んな!」


ウルリアは張り切った様子でアルタの制服を掴んで歩き出した。落ち込んで作業がやたらと遅かったアルタは半分脱ぎかけた靴を下駄箱に放り込んで、靴を取り出した。ウルリアはそんなアルタの様子を見ていてか、知らずか、彼が裸足のまま教室を目指して歩き始めた。



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