三話
夕飯の席につきながら、アルタはもう一度巻きなおした包帯の下の紋章を見遣った。
黙々と自分が作った料理を口に運ぶシモンと、餌を与えられて静かに食べるリエイの姿。
このことを話すべきか迷い、アルタの食事は一向に進まなかった。シモンはやや視線をあげ、サラダをかき回すアルタを見つめて窘めるように左手を叩いた。
「食べ物をそんな風にしてはいけないよ」
「ご、ごめ…」
「何か考えごとかい?」
シモンはやはり鋭かった。瞬時にアルタが何故食事を進めないのか理由をいくつか考え、最適な言葉を選んだのだろう。アルタは当然ながら心に思い当たる節があったので、少し黙ったが、
リエイとシモン、二人の視線を感じ、首を振って笑んだ。
「…なんでもない。少し眠いなって思っただけだ」
「そう。なら今日は早く寝るといい」
「う、うん…そうする」
何故そう思ったのかは分からないが、アルタはまだこの話はしないほうがいいと思った。それに今日は特別様々なことが起こり、このことでまた何か掘り返すのも面倒だと感じる。フォークできざみ過ぎてしなれたレタスを口に運んで、アルタは考えていた面倒な今日の出来事を追いやってゆくことにしたのだった。
翌日。学園へと向かう為身支度を始めていたアルタは、シモンに呼ばれて彼の書斎へと訪れた。まだ緩んだままのネクタイをきゅっ、と上げつつ、片手でドアノブをひねる。今日が締め切りなのか、徹夜して机に突っ伏したシモンは、弱弱しく彼にソファーを勧めた。
「…座りなよ。すまないけど私はこのままで話そう」
振り向かないシモンの疲れはアルタも十分理解していた為、それに関しては何も言わなかった。
シモンはばたばたと手を大げさに動かしながら見もせずに引き出しを漁り、手に掴んだ感触の物を確かめながら何か探している。アルタは彼の真上にある時計をちらちら気にしながらその様子を待っていた。
「ああ、あった」
ずるりと引き出しから引きずりだした皮の袋。もう随分年期が込められていていい色を出していた。シモンはその細長い皮袋に片手を突っ込んで探り、中から随分太いベルトのようなものを引きずり出してアルタに差し出した。
「これは兄さんが遺した、君の召喚獣の拘束具だよ」
「拘束具?」
「重く考えなくていい。つまり、召喚獣の能力を制限する物だ。これをしていれば他の人にはそうそう見つかることはない。彼は一度召喚してから帰還するまではずっと一緒だからね。役立つだろうと思って」
黒い動物の皮のベルト、いや首輪は、真ん中に翡翠色に輝く魔石が埋め込んであった。魔石は魔力がもともと篭った石で、姿を見えなくさせるには少し豪華過ぎるほどの高値で取引されている。上品で美しいその首輪にい暫く見惚れていたアルタは、シモンを見上げて、戸惑う。
「こんな高そうなの、俺に渡していいのかよ?」
「何を言っているんだ、それは君のものだよアルタ」
「そうか、ありがとう、大事にするよ」
アルタはシモンに礼を述べて部屋を出た。長話をしていたせいで遅れそうになったアルタは、リエイが待つ自室へと駆けた。リエイは焦った様子のアルタを尻目に大きなあくびをしてベッドの下でアルタを見上げた。
「あ、お帰りなさいご主人」
「早速だけどリエイ、これ、つけてもいいか?」
リエイは少し目を丸くし、渋ったような声を上げた。
「そ、それは拘束具…まさかご主人…僕にそんな物騒なものをつけようと…」
「悪いけどお前を置いておくわけにもいかないだろう?これさえあれば学園内を自由に歩けるんだし、我慢しろよ」
「ご、ご無体な…!」
リエイの抵抗虚しく、暴れるリエイを押さえ込んで拘束具を巻きつけようと首元に触れる。だがアルタがベルトを締めるより簡単に独りでに巻きついて、中心の魔石は輝きを放つ。それが魔石が持つ魔法の力だと知り、アルタは感嘆の声を上げた。
「おおっ、勝手に巻きついたぞ」
「ううっ、体が急激に重くなってきました…」
「悪いな、リエイ。家に帰ったら外してやるから」
「…そうして頂けるとうれしいです…」
そうこうしている内に時間は登校時間をとっくにむかえ、時間を見て驚いたアルタは急いで鞄をひったくり、リエイと共に家を飛び出した。鞄はいつもより多く詰まった教科書が邪魔をして重く、先ほどの拘束具のせいでリエイの足も遅い。遅刻を覚悟しながら家のすぐ側の坂道を下って、アルタは学園を目指した。