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六話


 「抑止反応ですね」


アルタは目の前に大人しく座ったリエイの素早い返事に顔をしかめた。先ほど、ウルリアに触れた瞬間訪れた右手の痛み。その原因を示唆してみれば、リエイは疑いようのない事実だとはっきり返した。

勿論、この返答は何となく予想済みだったが、となれば疑問が転がり出た。

先ほどリエイが話した事によれば、抑止反応とは元から召喚済みの召喚獣が、他に召喚されないよう力を行使する時に暴発することを言うのだと聞いた。しかし先ほど触れたのは彼が作ったロザリオでもなく、彼自身、人間に触れて起こった現象。アルタは納得がいかなかった。


「どういう事だよ?俺はただ、ウルリアの背中を叩いただけだぞ?」

「僕にも分かりません…一体何があったのか…」

「お前がわざとやったとは言わない。だけど納得がいかねえ…、何か思い当たることはないのか?」

「いえ…特には…」


アルタはため息一つ、立ち上がると芝生に放っていた鞄を抱えてリエイに振り返った。


「…まあ、いい。ウルリアが怪我したわけじゃねえし、ともかく帰ってお前をどうにかする方法を考える。付いてこいよ」

「は、はい、ご主人!」


リエイはアルタにならって自身も起き上がると後ろから追いかけた。アルタはリエイがちゃんと背後にいることを確認して、歩き出した。


空は赤く日が落ちてゆく様が見えた。魔灯がぼんやりと独りでに灯り始め、いよいよ夜が近づいていることに気が付いた。アルタはもう一度振り返って、あの空よりも情熱的な赤色の毛を持った犬を見つめた。父のことなら、叔父、シモンに問い詰めてみる必要があるとアルタは思った。

ただ、このアルタの叔父は一筋縄でいくような男ではなかった。帰る足取りも、気も重たく。アルタはやや遠回りをしながら家路へと急ぐのであった。





 アルタは家に着くと、鞄をそのままに執筆活動する叔父の背中を見つけて大きく深呼吸した。扉が開く音に気づいたのか、羽ペンを鳴らしていたシモンは明るい声で振り向かないままアルタに声を掛けた。


「おかえり、アルタ」

「…ただいま、シモン」


流れるようにペンが音を立ててゆく様を覗き込み、叔父の横顔を見遣った。大きな黒縁の眼鏡が魔灯に照らされて青白く光っていて、その表情は読み取れない。どう話したものかと黙って立ち尽くしていれば、ペンを机に置いてシモンはアルタに振り返った。


「どうしたんだい、黙って立ち尽くして」


シモンはかけていた眼鏡を取り外し、笑みを見せた。その笑顔は見知らぬ女性でもすぐに見惚れてしまいそうな整った笑顔で、勿論顔の造りに関しては言わずもがな。クリーム色の明るい髪がさらりと揺れ、先ほどまで笑顔だったシモンの表情は一変して硬くなった。


「それは…兄さんの召喚獣じゃないか」

「あ、えっとその…、」

「何かあったようだね、アルタ」


シモンは動揺するアルタの様子で何かあったことを即座に見抜き、作業していた机から離れてリエイに近寄り、アルタの顔を見つめた。アルタは勘が鋭く、何に関しても騙し隠せない自身の叔父に感服しながら、リエイが出てくるまでの経緯を話した。


「なるほど…でもアルタとウルリアが無事でよかった。そうでなければ、私は兄さんに合わせる顔がないからね」

「シモン、聞いていいか?」

「ああ、どうぞ。私が答えられる範囲なら答えよう」

「その、父さんのことだけど」

「待った」


まだ最後まで質問を言い切る前に、シモンはアルタの言葉を遮った。


「兄さんに関しては何も言うことが出来ない」

「…またそれ?どうして肉親の情報を、何一つとして教えてくれなんだよ!俺に関係ない話じゃないだろう!」

「悪いが、話したくなくて兄さんに関する話を拒絶しているわけじゃない。話せない理由がある。勿論これも話せない」

「はあ、そう言うとは思っていたよ」


アルタはソファーに身を預けてのけぞった。視界が反転し、自分と血縁関係があるとは思えないほど美しい叔父の逆さまになった顔が、申し訳なさそうにゆがめられていた。アルタは非は自分にあると思ったのか、それ以上言及する気にはなれず、代わりにリエイへと視線を預けた。

リエイはシモンの存在を認識しているのか、嬉しそうに尻尾を振っている。アルタは呆れてリエイから視線を外した。


「ところでアルタ。女の子が男の子にキスをしたくなる瞬間って、何だと思う?」


唐突に振られた話に、アルタは返事のしようがなく、少し体を起こすとシモンを見やった。

彼は先ほどの表情はどこへやら。子供のような純粋な瞳でアルタを見つめていたが、聞いている話は実に下世話であった。彼は官能小説家なので仕方ないといえば仕方ないのだが。

メモを片手に返答を待つシモンを押しのけて、アルタは床に散らばったジュースの瓶を拾い上げ、面倒そうに回答する。


「知るわけがないだろう、だいたい俺は男なんだから」

「何を言っているんだい、想像する幅は私より広いはずだろう?学校で見るだろう?ふっくらした少女の可憐でなまめかしい姿を…」

「見るか!そうそうそんなこと起きないだろ!お前はいい加減そのいかがわしい本を書くのをやめろ!」


シモンは残念そうに微笑むをと、メモに走り書きをした。


「女の子はすこし勝気でキスは躊躇われる…と」

「…サンプルがないからって俺をモデルにするな…」


彼は容姿ばかり優れていたが、中身がてんで駄目で女性といい付き合いをしたことがなかった。そのせいもあってかシモンの官能小説は妙に売れていて、アルタも生活に困らないがこの性格にはアルタもほとほと呆れていたのだ。

アルタは彼がだらしなく散らかした紙を丸めたゴミや飲食した空を一通り掃除すると、自分の部屋へと戻ろうとドアに手をかけた。

リエイを撫でていたシモンはアルタを呼び止めた。


「さっきのことだけど、一つ忠告しておく」

「な、何だよ?」

「兄さんのことを調べてはいけないよ。彼はそれだけ危ないことに関わっていたということを、この子を見れば分かったろう?私は、元々魔法商業に携わるマクベイン家を継いで欲しいという気もあって君を預かったが、それだけではなくて、私は本当に君を息子のように思っているのだからね」

「…何も教えてくれないのに、そんな事を言うのは…間違ってるぜ、シモン」


アルタは部屋をでる間際、リエイを呼んで振り返り、リエイが部屋を出たのを確認して自身も部屋を出た。少し片付いたリビングを見渡して、シモンは険しい表情で手に持っていたメモ用紙を握り締めた。術者の不安定な心を写して、ぼんやりと青白い光を灯した魔灯が揺れた。

シモンは書きかけの原稿用紙をずらして、その下に隠しておいた魔法陣を見遣った。


「そろそろあの子も、自分の道を歩むべき時がきているのかな…」






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