五話
アルタはあまりにも漠然としたリエイの話にまだ心と頭の整理が追いつかなかった。父は、何故リエイとの契約を打ち切って自分に押し付けたのか、分からなかった。契約の条項にある、自分の死が怖くなったから?それで可愛くもない子供を叔父に預けたりするのだろうか。アルタはあれこれ考えるのをやめ、教室に辿り着くとドアを開いた。
まだ休み時間の内に帰ってきたから、少し席で落ち着いて座ってから頭を整理しようと思った。
そして顔を上げた瞬間、アルタは自分の周りに好奇な目で見つめるクラスメイトに気が付いて少したじろいで後ずさった。
「アルタ、大丈夫かよ!?」
「さっきの怪我、なんともないの?」
今まで話しかけられたことがない人物までアルタに親しげに声を掛け、皆同じように目の奥底では、あの時何があったのか、詳細に教えてくれと物語っていた。アルタはそんなクラスメイトにうんざりしたものの、薄く笑って手を振った。
「ああ、大丈夫だよ。気にしないでくれ」
アルタの受け流し方が気に食わなかったのか、大丈夫そうでよかった。と声を掛けてクラスメイトは散ってゆく。アルタはため息をつき、ふと視線を感じた先を見遣って顔をしかめた。
(ヘティー、一体何が目的だったんだ?)
こちらを疑わしげな視線で見つめたヘティーは、アルタと視線が交わるとすぐに視線を逸らした。あの時、リエイの姿をはっきり見ていたヘティーと取り巻きの二人なら、自分がしでかしたことをぼやかしてリエイの存在を明るみにさせたと思っていたが、あのクラスメイト達の反応からして、それはないだろうとアルタは直感した。
もしかしたら自分がリエイを召喚させたことを面白く思っていないだけかもしれない。そう考えると幾分か気が軽い。アルタもヘティーから視線を外すと、置くの自分の席に腰掛けて深く息を吐き出すのだった。
放課後。生徒が各々帰宅準備を始める中、アルタはウルリアにこのことを相談しようと隣の教室へと赴いていた。しかし保健室に姿がなかったのに、ウルリアの姿は教室にはなく、アルタは少し不安を感じてウルリアの教室を後にした。もしかしたら先ほどの報復をまたヘティーが企てているのではと思うとウルリアが心配でたまらなかった。あんなに怪我を負ったのにまた召喚獣での違法な戦闘を始めていたら、ウルリアはあれだけの怪我では済まないだろう。
アルタは色々なところへ走り回って、なるべく人が居ない場所を入念に調べたが、ウルリアの姿がない。念の為、上履きがあるか確認しようと玄関口を訪れたとき、ようやくその姿を確認してアルタは安堵した。
「ウルリア!」
ウルリアは肩を跳ねてこちらを見遣った。それはまるで怯えたようでもあったが、アルタは気づかず、嬉しそうにウルリアに駆け寄った。
「探したんだぞ、無事でよかった。なあこれから時間はあるか?少し話したいことが…」
「ご、ごめんアルタ。これから用事があって…また…今度、」
「ああ、そうか。分かったよ。怪我、大事にしろよ」
「う、うん」
アルタは元気がないウルリアを励まそうと、背中を叩いた。だがその瞬間、凄まじい力がで手が跳ねつけられ、アルタは驚いて数歩後ずさってウルリアを見つめた。ウルリアはハッとしたようにうろたえると、アルタに駆け寄ってその顔を覗き込む。
「大丈夫!?」
「あ、ああ…平気…お前こそ大丈夫か?」
「うん、ごめん、何だっただろうね、今の?…とにかくもう帰らなきゃ、叔父さんによろしく。じゃあ」
「おう、またな」
アルタは笑顔で手を振ったウルリアを見送り、自分の手を見下ろした。あの痛みは既に見覚えがあって、先ほど体験したもの。アルタは震える包帯が巻かれた手をぎゅっと握り締めて険しい表情を取る。
「一体…どういうことだ…さっきの痛みは…」