これ、ドッキリですよね? 異世界召喚された芸人、聖獣と誤解される
「ここどこ!?」
叫んだ瞬間、俺は床に座り込んでいた。
黒い城。割れた柱。折れた剣を握った勇者っぽい男。割れた盾を抱えた女騎士。倒れている白い服の女の子。奥には、角の生えた黒いやつ。
(あ、これドッキリだ……!)
心臓が、変な方向に跳ねた。
黒い石壁。崩れた柱。血糊にしてはやけに赤い床。黒い外套のラスボス役。
どこを見ても、金がかかっている。
(クオリティたけーー! これはぜってー地上波特番だよ! やっべーー!)
思わず口角が上がりかけた。
とうとう来たのかもしれない。
俺が、ただの仕掛けられ役じゃなくなるやつ。
(いや、待て。俺、とうとう主役のやつ来た?)
心臓が、もう一回跳ねた。
主役なら、やることは一つだ。
ツッコミ。
全力ツッコミ。
全力のっかり。
仕掛けがあるなら、拾う。
フリがあるなら、返す。
地獄みたいな美術でも、カメラが回っているなら前に出る。
「いやいやいや、いつの間に!? 俺、さっき楽屋いたよな!? 弁当開けたよな!? 唐揚げ一個残ってたよな!? 移動の記憶だけ抜くなよ! 怖いだろ!」
白い服の女の子が、血のついた唇を震わせた。
「せ……聖獣様……?」
「あ、そういう設定ね! で、血がリアルすぎる! まず止血!」
立ち上がろうとして、足元の光る円に気づいた。
バチッ。
「床ギミック! 怖っ!」
光る円は、俺の靴底の下でじりじり鳴っている。
「踏んでから鳴るなよ! 先に鳴れ!」
血まみれの勇者っぽい男が、折れた剣を杖みたいについて立とうとした。
「来て……くれたのか……」
「連れてこられたんだよ! 召喚された側ね! 了解! 了解じゃないけど!」
俺は周囲を見回した。
血まみれの勇者。倒れた聖女。割れた盾の女騎士。玉座の魔王。
「なるほど。異世界、勇者、聖女、ラスボス。盛ったなあ、今回!」
俺の名前は宮野啓太。
お笑いコンビ『聖獣係』のツッコミ担当である。
相方は森永蓮。ボケ担当。顔がいい。腹が黒い。打ち合わせで俺を売る時だけ、目が生きる。
(蓮。お前だろ。絶対お前が仕掛け人側にいるだろ。特番だからってやっていい規模じゃないんだよ。まず商店街で試せ)
泣きそうな女騎士が、白い服の女の子を抱き起こそうとしていた。手が震えている。割れた盾は、まだリリアの前から動かさない。
「聖女リリアが、命を削ってあなたを……」
「命を削るな! ……あ、そういう設定ね! 重いわ! 救護が先だろ!」
リリアと呼ばれた女の子が、俺の袖をつかもうとした。
「聖獣様……どうか……魔王を……」
「聖獣じゃない! 人間! あと血が出てる人はしゃべらない!」
奥の黒いやつが笑った。
「聖獣召喚の果てに、人間か。哀れだな、勇者」
勇者が、折れた剣を握り直した。
「気をつけろ! あれが魔王ヴァルグだ!」
「あ、魔王ね! はいはい、角! 黒服! 玉座! 説明いらないビジュアル!」
俺は魔王を指差した。
「で、俺は何役?」
────しん。
「黙るな! そこ一番大事!」
玉座の奥で、魔王が黒い指をゆっくり持ち上げる。
ボッ。
黒い火の玉が浮いた。
「火はダメ!」
ジコジコジコ。
「その音もダメ!」
ゴウッ!
黒い火の玉が、俺の顔面めがけて飛んできた。
「事故事故事故!」
とっさに全力でしゃがみこんだ。黒い炎は俺の頭があった場所を通り抜け、後ろの柱にぶつかった。
ドゴォン!
(……いや、これまじ? 石の柱溶けたんだけど……)
しゃがんだまま、自分の頭を触る。
「髪ある? あるな? よし、ギリ生還! ギリ生還じゃねえよ! 殺意が本物!」
魔王が、玉座の前で低く笑った。
「よくぞ、我が黒炎を避けた。名を聞かせろ、異界の者よ」
「避けたんじゃない! しゃがんだの! あと殺しかけた相手に名乗らせるな! 聖獣係の──」
ギュオン。
足元の召喚陣が、ぴかっと光った。
「光るな! コンビ名で光るな! ……聖獣係の宮野啓太」
ギュオンッ!!!
「なんで強まるんだよ!」
召喚陣の白い線が、床の上で勝手に組み替わる。
文字みたいなものが浮かび、「聖獣」と「係」っぽい部分だけが、やたら強く瞬いた。
二つの文字を結ぶように、白い線がびしっと走る。
リリアが、血の気のない顔で小さく笑った。
「間違いでは……なかった……」
「間違いだよ! 聖獣頼んで芸人来たら返品案件だよ!」
魔王の黒い外套が揺れた。
「道化がよく吠える」
「芸人な! 近いけど違う!」
「ならば見せてみろ」
「あ、無茶振りね! 雑だな!」
魔王が腕を広げた。
黒い炎が、玉座の間をぐるりと囲む。
ゴウッ。
「囲むな! 逃げ道を消すな! ロケの安全管理どうなってんだ!」
また炎が鳴った。
ジコジコジコ。
「その音ほんと嫌い! 人に向ける音じゃないだろ!」
逃げ場が消えた。
勇者が折れた剣を握り直す。女騎士が、リリアの前に立って割れた盾を構える。召喚陣の光は、俺の足元から離れない。リリアの血のついた指が、俺の袖を少しだけ引いた。
(……いや、全員こっち見てる)
「なるほど。俺待ちね」
リリアの声が、足元からかすれた。
「聖獣様……どうか……魔王を……」
「俺待ちね、じゃないんだよ! ほんとに俺待ちじゃん!」
喉が鳴った。
足がまだ震えている。
でも、誰も目を逸らさない。
(これ、俺がやらなきゃ進まないやつじゃん)
足元の光が、床から少し浮いた。
バチッ。
ギュオン。
召喚陣の白い線が、床から剥がれた。
「陣って立つの!? 床だろ!?」
本当に立っていた。
白い線が、俺の膝の高さまで浮いている。
「床じゃん! 床が意思を持つな!」
魔王が両手を広げた。
「来い、聖獣。反撃を見せてみろ」
「だから聖獣じゃないって!」
その瞬間、召喚陣が白く弾けた。
バチッ。
「え?」
視界が白くなった。
ビィィィッ!
────────俺の目から、光が出ていた。
ドゴォン!
両手で顔を押さえた。
「目!? 俺の目!? いつ改造したんだよ! さっきまで普通の目だっただろ! 楽屋で唐揚げ見てた目だぞ!」
勇者が、信じられないものを見る顔で叫んだ。
「聖獣の眼光だ!」
「眼光って言えば済むと思うな! ビームだよ! 完全にビーム!」
リリアが、血の気のない顔で微笑んだ。
「やはり……聖獣様……」
「判定を強めるな! 俺が一番怖がってるだろ!」
召喚陣が、きらきらと揺れた。
「喜ぶな! 人体だぞ! 人体から出したんだぞ!」
玉座の背もたれが、半分消えていた。
魔王の肩から、黒い煙が上がっている。黒い角の片方が折れている。
「角いった! ごめん! いや、ごめんでいいのかこれ!? 角って弁償いる!?」
勇者が、折れた剣を握って立ち上がった。
「ミヤノ殿! もう一度、魔王を見てくれ!」
「嫌だよ!」
「頼む!」
「本気じゃん!」
その目は、真剣だった。女騎士も、リリアも同じだった。全員が俺を魔王へ向けて押してくる。
(フリじゃないのかよ)
一瞬だけ、そんなことを思った。
けれど、魔王の炎はまだ唸っている。リリアの指は、まだ俺の袖を離さない。
(いや、特番だ。特番のやつだ。ここで俺が逃げたら、ずっとこの状態になるやつだ。相方が裏で笑いながら、宮野さん、そこで行かないとって言うやつだ)
俺は目を見開いた。
「スタッフ! 見てるなら止めろ! 止めないなら、あとで全員に文句言うからな! これ放送できると思うなよ!」
ビィィィィィッ!
今までで一番太い光が、俺の目から出た。
「太い! 太いって! マジでどうなってんの!?」
白い光が、魔王の黒炎を飲み込み、魔王の胸に直撃した。
───ギュバッ!
「ぐおおおおおっ!」
ドゴォン!
魔王が吹き飛び、玉座が音を立てて砕け落ちた。
「建物が先に限界来てる!」
「今だ!」
勇者が走り、勇者の折れた剣に、召喚陣の光が乗る。
───勇者の光る剣が、魔王の胸を貫いた。
ザンッ。
黒い炎が、一瞬だけ膨れ上がった。
ボッ。
そして、消えた。
魔王ヴァルグは、砕けた玉座の前で膝をついた。
「我が……聖獣係に……」
「係まで言えたなら、もういいよ」
魔王の体が、黒い煙になってほどけていく。
ズザザザッ。
黒い城に、静けさが戻った。
俺は両手で目を押さえたまま、しばらく動けなかった。
「目……まだある……?」
勇者が息を切らしながら近づいてくる。
「ミヤノ殿、あなたがいなければ、我らは終わっていた」
「目の確認が先!」
女騎士が、リリアを抱えながら頭を下げた。
「聖獣係様、ありがとうございます」
「係様やめて! あと救護!」
女騎士が自分の外套を裂き、リリアの傷口を押さえた。
魔王の黒い霧が薄れていく。
リリアの胸元に、淡い光がにじんだ。
「出た! 治療の光! そっちは助かる!」
リリアが、うっすら目を開けた。
「聖獣様……」
「人間!」
「聖獣係様……」
「妥協案?」
「助けてくださって……ありがとう、ございます……」
俺は黙った。
やめてほしい。
そういう顔はやめてほしい。
(感動に持っていくな。特番の編集点を作るな。ここでワイプの芸能人が泣く流れにするな。俺は泣かないぞ。泣いたら蓮に一生いじられる)
咳払いした。
「ところで、ネタバラシはまだですか」
言いかけて、止まった。
俺は口を閉じた。
(やばい。ここで言うと特番が壊れる。いや魔王倒してる時点で壊れてるだろ。壊れてない特番ってなんだよ。誰か出てこいよ。そろそろ札持って出てこいよ)
その時、崩れた天井の穴から夜空が見えた。
月が二つあった。
白い月。
青い月。
俺はスマホを出した。
圏外。
空を見る。
月が二つ。
スマホを見る。
圏外。
もう一回、空を見る。
月が二つ。
「月ふたつは盛りすぎだろ!」
返事はない。
俺は砕けた玉座に向かって叫んだ。
「スタッフ出てこい! 蓮! 見てるんだろ! 出てこい! 魔王倒したぞ! 目からビームも出したぞ! もう十分だろ!」
勇者が息を呑んだ。
「レン……。異界に残された、もう一人の聖獣係……」
「違う! 相方! たぶん主犯!」
「聖獣係様……。ひとまず、避難しましょう。近くに野営の拠点がございます」
「え!? まだ続くの!? 魔王倒したのに!? 泊まりなのこのロケ!?」
誰も笑わなかった。
俺だけが、笑いどころを探していた。




