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これ、ドッキリですよね? 異世界召喚された芸人、聖獣と誤解される

作者: あゆと
掲載日:2026/06/19

「ここどこ!?」


叫んだ瞬間、俺は床に座り込んでいた。


黒い城。割れた柱。折れた剣を握った勇者っぽい男。割れた盾を抱えた女騎士。倒れている白い服の女の子。奥には、角の生えた黒いやつ。


(あ、これドッキリだ……!)


心臓が、変な方向に跳ねた。

黒い石壁。崩れた柱。血糊にしてはやけに赤い床。黒い外套のラスボス役。

どこを見ても、金がかかっている。


(クオリティたけーー! これはぜってー地上波特番だよ! やっべーー!)


思わず口角が上がりかけた。

とうとう来たのかもしれない。

俺が、ただの仕掛けられ役じゃなくなるやつ。


(いや、待て。俺、とうとう主役のやつ来た?)


心臓が、もう一回跳ねた。


主役なら、やることは一つだ。


ツッコミ。


全力ツッコミ。

全力のっかり。


仕掛けがあるなら、拾う。

フリがあるなら、返す。

地獄みたいな美術でも、カメラが回っているなら前に出る。


「いやいやいや、いつの間に!? 俺、さっき楽屋いたよな!? 弁当開けたよな!? 唐揚げ一個残ってたよな!? 移動の記憶だけ抜くなよ! 怖いだろ!」


白い服の女の子が、血のついた唇を震わせた。

「せ……聖獣様……?」

「あ、そういう設定ね! で、血がリアルすぎる! まず止血!」


立ち上がろうとして、足元の光る円に気づいた。


バチッ。


「床ギミック! 怖っ!」


光る円は、俺の靴底の下でじりじり鳴っている。

「踏んでから鳴るなよ! 先に鳴れ!」


血まみれの勇者っぽい男が、折れた剣を杖みたいについて立とうとした。

「来て……くれたのか……」

「連れてこられたんだよ! 召喚された側ね! 了解! 了解じゃないけど!」


俺は周囲を見回した。

血まみれの勇者。倒れた聖女。割れた盾の女騎士。玉座の魔王。


「なるほど。異世界、勇者、聖女、ラスボス。盛ったなあ、今回!」


俺の名前は宮野啓太。

お笑いコンビ『聖獣係』のツッコミ担当である。

相方は森永蓮。ボケ担当。顔がいい。腹が黒い。打ち合わせで俺を売る時だけ、目が生きる。


(蓮。お前だろ。絶対お前が仕掛け人側にいるだろ。特番だからってやっていい規模じゃないんだよ。まず商店街で試せ)


泣きそうな女騎士が、白い服の女の子を抱き起こそうとしていた。手が震えている。割れた盾は、まだリリアの前から動かさない。

「聖女リリアが、命を削ってあなたを……」

「命を削るな! ……あ、そういう設定ね! 重いわ! 救護が先だろ!」


リリアと呼ばれた女の子が、俺の袖をつかもうとした。

「聖獣様……どうか……魔王を……」

「聖獣じゃない! 人間! あと血が出てる人はしゃべらない!」


奥の黒いやつが笑った。

「聖獣召喚の果てに、人間か。哀れだな、勇者」


勇者が、折れた剣を握り直した。

「気をつけろ! あれが魔王ヴァルグだ!」

「あ、魔王ね! はいはい、角! 黒服! 玉座! 説明いらないビジュアル!」


俺は魔王を指差した。

「で、俺は何役?」


────しん。


「黙るな! そこ一番大事!」


玉座の奥で、魔王が黒い指をゆっくり持ち上げる。


ボッ。


黒い火の玉が浮いた。

「火はダメ!」


ジコジコジコ。


「その音もダメ!」


ゴウッ!


黒い火の玉が、俺の顔面めがけて飛んできた。


「事故事故事故!」


とっさに全力でしゃがみこんだ。黒い炎は俺の頭があった場所を通り抜け、後ろの柱にぶつかった。


ドゴォン!


(……いや、これまじ? 石の柱溶けたんだけど……)


しゃがんだまま、自分の頭を触る。

「髪ある? あるな? よし、ギリ生還! ギリ生還じゃねえよ! 殺意が本物!」


魔王が、玉座の前で低く笑った。

「よくぞ、我が黒炎を避けた。名を聞かせろ、異界の者よ」

「避けたんじゃない! しゃがんだの! あと殺しかけた相手に名乗らせるな! 聖獣係の──」


ギュオン。


足元の召喚陣が、ぴかっと光った。


「光るな! コンビ名で光るな! ……聖獣係の宮野啓太」


ギュオンッ!!!


「なんで強まるんだよ!」


召喚陣の白い線が、床の上で勝手に組み替わる。

文字みたいなものが浮かび、「聖獣」と「係」っぽい部分だけが、やたら強く瞬いた。

二つの文字を結ぶように、白い線がびしっと走る。


リリアが、血の気のない顔で小さく笑った。

「間違いでは……なかった……」

「間違いだよ! 聖獣頼んで芸人来たら返品案件だよ!」


魔王の黒い外套が揺れた。

「道化がよく吠える」

「芸人な! 近いけど違う!」

「ならば見せてみろ」

「あ、無茶振りね! 雑だな!」


魔王が腕を広げた。


黒い炎が、玉座の間をぐるりと囲む。


ゴウッ。


「囲むな! 逃げ道を消すな! ロケの安全管理どうなってんだ!」


また炎が鳴った。


ジコジコジコ。


「その音ほんと嫌い! 人に向ける音じゃないだろ!」


逃げ場が消えた。

勇者が折れた剣を握り直す。女騎士が、リリアの前に立って割れた盾を構える。召喚陣の光は、俺の足元から離れない。リリアの血のついた指が、俺の袖を少しだけ引いた。


(……いや、全員こっち見てる)


「なるほど。俺待ちね」


リリアの声が、足元からかすれた。

「聖獣様……どうか……魔王を……」


「俺待ちね、じゃないんだよ! ほんとに俺待ちじゃん!」


喉が鳴った。

足がまだ震えている。

でも、誰も目を逸らさない。


(これ、俺がやらなきゃ進まないやつじゃん)


足元の光が、床から少し浮いた。


バチッ。

ギュオン。


召喚陣の白い線が、床から剥がれた。


「陣って立つの!? 床だろ!?」


本当に立っていた。

白い線が、俺の膝の高さまで浮いている。


「床じゃん! 床が意思を持つな!」


魔王が両手を広げた。

「来い、聖獣。反撃を見せてみろ」

「だから聖獣じゃないって!」


その瞬間、召喚陣が白く弾けた。


バチッ。


「え?」


視界が白くなった。


ビィィィッ!


────────俺の目から、光が出ていた。


ドゴォン!


両手で顔を押さえた。

「目!? 俺の目!? いつ改造したんだよ! さっきまで普通の目だっただろ! 楽屋で唐揚げ見てた目だぞ!」


勇者が、信じられないものを見る顔で叫んだ。

「聖獣の眼光だ!」

「眼光って言えば済むと思うな! ビームだよ! 完全にビーム!」


リリアが、血の気のない顔で微笑んだ。

「やはり……聖獣様……」

「判定を強めるな! 俺が一番怖がってるだろ!」


召喚陣が、きらきらと揺れた。

「喜ぶな! 人体だぞ! 人体から出したんだぞ!」


玉座の背もたれが、半分消えていた。

魔王の肩から、黒い煙が上がっている。黒い角の片方が折れている。


「角いった! ごめん! いや、ごめんでいいのかこれ!? 角って弁償いる!?」


勇者が、折れた剣を握って立ち上がった。

「ミヤノ殿! もう一度、魔王を見てくれ!」

「嫌だよ!」

「頼む!」

「本気じゃん!」


その目は、真剣だった。女騎士も、リリアも同じだった。全員が俺を魔王へ向けて押してくる。


(フリじゃないのかよ)


一瞬だけ、そんなことを思った。

けれど、魔王の炎はまだ唸っている。リリアの指は、まだ俺の袖を離さない。


(いや、特番だ。特番のやつだ。ここで俺が逃げたら、ずっとこの状態になるやつだ。相方が裏で笑いながら、宮野さん、そこで行かないとって言うやつだ)


俺は目を見開いた。

「スタッフ! 見てるなら止めろ! 止めないなら、あとで全員に文句言うからな! これ放送できると思うなよ!」


ビィィィィィッ!


今までで一番太い光が、俺の目から出た。

「太い! 太いって! マジでどうなってんの!?」


白い光が、魔王の黒炎を飲み込み、魔王の胸に直撃した。


───ギュバッ!


「ぐおおおおおっ!」


ドゴォン!


魔王が吹き飛び、玉座が音を立てて砕け落ちた。


「建物が先に限界来てる!」


「今だ!」


勇者が走り、勇者の折れた剣に、召喚陣の光が乗る。


───勇者の光る剣が、魔王の胸を貫いた。


ザンッ。


黒い炎が、一瞬だけ膨れ上がった。


ボッ。


そして、消えた。


魔王ヴァルグは、砕けた玉座の前で膝をついた。

「我が……聖獣係に……」

「係まで言えたなら、もういいよ」


魔王の体が、黒い煙になってほどけていく。


ズザザザッ。


黒い城に、静けさが戻った。


俺は両手で目を押さえたまま、しばらく動けなかった。


「目……まだある……?」


勇者が息を切らしながら近づいてくる。

「ミヤノ殿、あなたがいなければ、我らは終わっていた」

「目の確認が先!」


女騎士が、リリアを抱えながら頭を下げた。

「聖獣係様、ありがとうございます」

「係様やめて! あと救護!」


女騎士が自分の外套を裂き、リリアの傷口を押さえた。

魔王の黒い霧が薄れていく。

リリアの胸元に、淡い光がにじんだ。


「出た! 治療の光! そっちは助かる!」


リリアが、うっすら目を開けた。

「聖獣様……」

「人間!」

「聖獣係様……」

「妥協案?」

「助けてくださって……ありがとう、ございます……」


俺は黙った。


やめてほしい。

そういう顔はやめてほしい。


(感動に持っていくな。特番の編集点を作るな。ここでワイプの芸能人が泣く流れにするな。俺は泣かないぞ。泣いたら蓮に一生いじられる)


咳払いした。

「ところで、ネタバラシはまだですか」


言いかけて、止まった。

俺は口を閉じた。


(やばい。ここで言うと特番が壊れる。いや魔王倒してる時点で壊れてるだろ。壊れてない特番ってなんだよ。誰か出てこいよ。そろそろ札持って出てこいよ)


その時、崩れた天井の穴から夜空が見えた。


月が二つあった。


白い月。

青い月。


俺はスマホを出した。


圏外。


空を見る。

月が二つ。


スマホを見る。

圏外。


もう一回、空を見る。

月が二つ。


「月ふたつは盛りすぎだろ!」


返事はない。

俺は砕けた玉座に向かって叫んだ。


「スタッフ出てこい! 蓮! 見てるんだろ! 出てこい! 魔王倒したぞ! 目からビームも出したぞ! もう十分だろ!」


勇者が息を呑んだ。

「レン……。異界に残された、もう一人の聖獣係……」

「違う! 相方! たぶん主犯!」


「聖獣係様……。ひとまず、避難しましょう。近くに野営の拠点がございます」


「え!? まだ続くの!? 魔王倒したのに!? 泊まりなのこのロケ!?」


誰も笑わなかった。


俺だけが、笑いどころを探していた。

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