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万物研究会⑤

 万物研究会についての説明は、概ね神崎から聞いていた通りのものだった。


 研究内容に、指定はない。

 

 各々が自由に興味のある事を調べ、考察、実験、観察、調査した結果を発表したり、それについて議論をしたりするというのが主な活動内容ということだ。


 意外だったのが、研究会のメンバーは現状、香月先輩と朝山先輩の二名だけというものだった。


 というのも、去年同じクラスになった二人が各々興味のある分野での話で大いに盛り上がり、話のノリとその場の勢いで立ち上げた研究会で、神崎を除いては特に誰かを誘うという事もなかったらしい。


 そもそも正式な部活動という訳でもなく、様々なツテを当たっては機材や場所を確保して作り上げた非公認の研究会というのが実態だった。


 それが許されているのは生徒の自主性を重んじるという、悪く言ってしまえば放任主義の校風があってこそなのだろう。


 二人だけの研究会とはいえ、活動自体はちゃんとしていたらしい。

 近々、香月先輩は自身が行っている研究の成果発表をするとのことだった。


「君たち二人に、今すぐ入会してほしいとまでは言わないさ。正式な部活動という訳でもないしね。気が向いたからとか、私に会いたかったとか、そんな理由でいつでも顔を出してくれて構わない。歓迎するよ」


 その言葉の後、空になったカップがテーブルに三つ並んだ。

 それを合図として、その場は解散ということになった。


 香月先輩を残して研究会を後にした俺と神崎が次に向かったのが、誰もがその名を知るハンバーガーで有名なファーストフード店だった。


 お腹が空いたという神崎の言葉には、同調せざるを得なかった。


 その理由は簡単だ。

 

 午前中で終わる筈だった本日の校内活動が、神崎の急な誘いよって午後まで延長された挙句、腹に入ったものが珈琲だけだったのだから。


 各々が注文したセットの品を手に持ち、神崎がお気に入りの席だという二階窓際のカウンター席に並んで腰掛けた時には、時刻は既に十四時を回っていた。


 随分と遅い昼食になったものだった。


 ポテトを口に運び咀嚼を始めた事で、ようやく空腹を訴えていた腹の虫も治り始めた。


 俺の隣では、両手に持ったテリヤキバーガーをリスのように頬張っている神崎の姿がある。


 こうやって神崎と一緒に昼食を摂る日が来るとは思っていなかったので、何だか変な感じがした。


 この時間は俺が気になっていた事を質問するには、良い機会だろう。

 そう考えた俺は、神崎に質問を投げる。


「で、今日はなんで俺をあの研究会に連れていったんだ?」

「私の話を聞いて、香月先輩が岩倉君に会いたがっていたから」

「そうじゃなくて、俺が聞きたいのはその理由だよ。お前達が、俺に興味を示す理由が全く分からない」

「私の研究には、貴方の存在が欠かせないから」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。


 俺が必要なのではない。


 俺を通して見える何かが必要なのだと、そんな気がした。


 またそれかと、呆れそうになった俺の姿を神崎の瞳が映していた。


 その瞳の色が、また変わっていた。


 気味が悪いと感じてしまう、あの多彩な色をした瞳に。


「……それは、どういう研究なんだよ?」

「私の研究内容に興味があるの?」

「そりゃあな。そんな風に言われたら、興味も沸くだろ」

「なら、岩倉君も私と一緒にあの研究会へ入会すれば良い。そうすれば、自ずと分かる」

「入会って言ってもな、俺には特に研究したい事なんてないぞ」

「本当に? 何もないの? 今まで生きてきて、その中で経験した不可思議な体験とか、解明できていない謎な出来事とか、単純にもっと深く知りたい事柄とか、なんでも良いと思うのだけど」


 そう言われて、脳裏に浮かぶ事があるにはあった。

 それは、自分自身に関連すること。

 とある現象について。


 だが俺は、それを口にする気にはならなかった。


「私にはある。どうしても知りたいこと。それはただ黙って観察しているだけじゃ、きっと分からない。だから私も香月先輩のように観察だけじゃなくて推論、考察、調査、あらゆる手段を用いてそれを解明したいと思っている。なぜなら……」


 神崎はそこまで言って、不自然に沈黙した。

 何かを考えこむように、ジーっとテーブルに視線を落としている。


「なんで……なんで私、こんなにも知りたいと思っているんだろ」


 それは俺に向けた言葉ではなく、神崎が自分自身へ問いかけた言葉に聞こえた。


 なぜだろう、彼女の瞳には困惑の色が浮かんでいた。


「……ごめん、今日はもう帰る。付き合ってくれてありがとう。入会の件、考えておいて」

「え、あ、ああ」


 突然の事だったので、俺は少し面喰ってしまった。


 ずっと何かを考えこむ様子を見せながらもトレイを片付け、足早に去っていった神崎の背中を黙って見送る。


 空席となった隣を見ながら、俺はストローに口を付け、今日の出来事を反芻する。


「……変な一日だったな」


 思わず口を付いて出たのは、そんな感想だった。


 その夜、布団に入って目を閉じても、神崎の言葉だけが耳に残っていた。


 ――私の研究には、貴方の存在が欠かせない。


 俺はその意味を、まだ知らない。

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