蹴球
僕は青空を届かなくてもいいから蹴った。
掴めそうで掴めない雲をただひたすらに蹴った。
名前も知らぬような、初めて訪れたサッカーグラウンドを力の限り、自分が大地を動かせる限界まで踏み締めた。
響いた空虚の音は、誰かに気づかせてあげたかったのか、駆け寄ってきた、名も知らぬ男が、蹴った青空のような爽やかな笑顔でこちらを見てきた。
「なんでグラウンドを蹴っているの?」と何も知らぬ無邪気な笑顔を向けた。
うざったくてしょうがなかった僕は、「自分は試合に負けて、チームに見捨てられて、引退試合で居場所がなくなってしまった」と泣いていた胸の内を明かした。
こんなことは初めてだ。人見知りをしてしまう自分が悩みを話しているだなんて。
咄嗟に惹かれていた自分は彼の笑顔でさえも赤面してしまう。
恋なのだろうか…気づいた時には彼は消えて、ただ一つの空虚と脳内で考えた机上の空論がサッカーボールと転がっていただけだった。
それからというもの、声が届かなくても姿は見えていた、もはや幻影であろうか。
それからというもの、脳は色欲と彼で支配され他人の目から見ても明らかなほど、気持ちの悪い、淘汰する欲、まるで媚薬のような目をしていた。
引退してからというもの、彼の姿を見るためにグラウンドに訪れたり、男の子が好きになってからというもの、違う人と喋るたびに息が詰まってしまうほど、バイアスとルッキズムの世の中を駆け巡っていた。
それから毎日訪れたグラウンドに、3ヶ月ほどが経ったある日に、蹴球大会が行われているではないかと気づいた自分は期待を胸に、その草原をスキップし、楽しく力で踏み締めた。
髪の毛の匂いが私の喉元を貫いた。
やはり彼であった。期待は焦がれ始め、風船が破裂したかのような切羽詰まった恋を予感させた。
私は彼に話しかける。彼は覚えていない様子だった。
なぜなら彼にとっては一瞬だから。
私とは釣り合わないだろうとたった一瞬で諦めかけてしまったが、フラッシュバックが蘇ったようで、「グラウンドを蹴っていた人だ」と薄い印象を覚えていた。
彼の胸は喜びと嬉しさで満たされ、鼓動はファンクのリズムを刻む。
「覚えてくれていたんですね」と私は微笑む
彼は日焼けした肌を愛でて撫でてやりたいほどに色っぽさが増えていた。
まだまだ知り合ってばかりだが、チャンスを逃すわけにはいかないと、好きである想いを私は伝えた。
それから沈黙が春を貫いて、彼の返事は聞こえなかった。悲しくて虚しくて。
やはりいい人間には女がいるか興味がないかの二者択一であって、断られてしまった。
それから三日三晩はベットの上ですくんだ足を顔がわからない、聞き覚えのある声が心配をした。
あれから半年が過ぎ、彼女が相応しいのかどうなのか聞いた連絡先を辿って後ろを見張った。
時々邪魔になる電柱は薙ぎ倒したくなるほどにうざったくて、見てしまった景色を壊したくなるほど、支配が耐えきれなくなってしまった。
卑しく、気持ちの悪い目と後ろをついてくる男の子の神妙さに耐えきれなかったのだろうか、女は周りを離れてしまった。
男の心は退廃空虚。
目には少しな光しか灯っていなかった。
自分は心酔しきっていた。
脳の色欲と支配欲は飽和を迎えた塩水のように、溢れきってしまった。
とうとう自分の体が蠢いてしまった。
変装した他人に対して優しい目を向けてくれた彼の家に押し入り、一瞬の快楽と永遠の責任と支配をすませた。
彼の目には涙が浮かび、目に見えた刃物を心臓の中に焼き付けた。
パトカーのランプが騒ぎ立てる。
ああ、これでよかった。
連れられた私はどこかに笑顔を浮かべていた。
奇妙な笑顔であった。
死者は、一人。




