ドラゴンメイデン~月下の夜は音もなし~:大魔女の最弱夫外伝
【魔種】と呼ばれる超常存在が生息する世界。
人々はそんな彼らと時に戦い、時に交わって生きている。
その中でも【根源魔種】と呼ばれる存在は、信仰対象である神格と等価とされて、ある広大な領域を支配下においている事もある。
彼らはまさしく【明確な形を持った神】とされて、彼らこそ地上の支配者としてその世界に君臨していた。
そして――、はるか昔、今だ彼女らが明確な支配領域を持たなかった時代。
彼女らが住まう霊峰に一組の探索者が足を踏み入れた。
彼らは、男女一組で、そして世界でも有数な実力を持つ【魔種】をも滅ぼしうる者たちであった。
「……く」
その一組の探索者のうち男のほうが、傷に呻きながら跪く。
その霊峰の奥深くにある、【魔種】が住まうとされる小さな屋敷に踏み入れた時、彼らは世界の広さを痛感することになった。
「……」
その目前で静かに佇むのは幼さが見える、長い銀髪に赤い瞳の黒いドレスを身につけた令嬢。
しかしながら、その頭部には大きな角があり、そのスカートの中から生えた黒鱗の竜尾が、彼女が人外の存在である事実を語っていた。
「ここまで……とは……」
そう言って男の身を心配するのは男の相棒である探索者。
男の剣士、女の魔法使い、という組み合わせの二人は、目前の幼い令嬢のその指の一振りで、戦闘継続が不可能になっていた。
「……このような場所に……、ここまでの大物がいたのか……。……【玄鱗龍姫】?!」
その男のつぶやきに、その幼い令嬢は感情のない顔で静かに言葉を紡ぐ。
「……ルア・ベレーザよ……。種族名で適当に呼ぶなんて……不遜よ貴方……」
「く……、それは……、すまなかった……、ルア・ベレーザ……さま」
そう言って苦笑いする男に向かって小さくため息を付くと、幼い令嬢――ルア・ベレーザは何事もなかったように彼らに背を向けた。
「……!!」
それを二人ともが驚きの目で見る。先程まで自分を殺そうと武器を向けていた人間に、彼女は無防備な背を向けていた。
(……はあ、これは……。格が違うと言うことか?)
男はため息を付いて女を見る。女は首を横に振って武器を収めた。
「ルア・ベレーザ……さま」
「……」
二人が声を掛けるが、ルア・ベレーザは静かに屋敷の奥へと歩いてゆく。
「あの……、こんな事……言えた義理ではないが……。私たちを助けて欲しい……」
そう言って男は頭を下げる。
その声に反応するようにルア・ベレーザは歩みを止めた。
「もしダメだと言うならば……、この女の方だけでも助けて欲しい……」
「な!! 何言ってのよアンタ!!」
男の言葉に女が怒りを表す。そうしてルア・ベレーザの背後で喧嘩を始めた。
「……あなた達……」
「「……?!」」
ルア・ベレーザは静かに振り返って言う。
「月夜に騒がないで……。静かになさい……」
「「う……」」
その恐ろしい眼光が二人を見つめる。
しかし――、
「……紅茶……」
「え?」
いきなりのその言葉に男が眉を寄せる。
「……砂糖はいくつ?」
「……」
「……」
静かに二人を見つめるルア・ベレーザに、その二人は苦笑いしながら答えた。
「……じゃあ、ふたりとも一つ……で」
そうして……その夜のお茶会は始まった。
◆◇◆
しばらく後、霊峰の入口付近で例の男女が、その手に持った大粒の宝玉を弄びながら歩いていた。
「……もらっちまったが、どうしよう?」
「売っぱらったら……、やっぱ怒られるかな?」
二人は例の龍の令嬢を思い浮かべる。
その龍の令嬢ルア・ベレーザは、彼らに人間界の事を聞いて、その内容を感情のない顔で静かに聞いた。
そして、しばらくしてつまらなそうに「ふう……」とため息を付いた後に、「話をしてくれた礼」とこの宝玉をくれたのである。
「あれ……、何だったんだろうな?」
「少なくとも……、人がどうにかできる存在じゃなかったよね……」
二人はその美しい令嬢の姿を思い出しながら一つの結論に達する。
――あれが【根源魔種】なのか?
――ここら一帯の何処かに、月と星をそれぞれ司る神性――、とされる古代【魔種】がいたはず。
「そうか……、あれが……」
「……」
二人は黙ってあのルア・ベレーザが語った最後の言葉を思い出す。
『……あなた達好きあっているのね? ならば……、子どもができたら、一度でいいから見せに来なさい?』
その記憶に――二人とも同じ感想を抱いた。
――お前は、俺等(私達)の母さんかよ……。
そう呟いて……その男女は苦笑いした。
そして――、十数年の月日が流れてゆく。
◆◇◆
霊峰の奥――、その月夜にて、ルア・ベレーザが屋敷のバルコニーで静かに紅茶を飲んでいる。
そこに、妹であるエストレーラ・ベレーザが現れた。
「……」
妹はその手に大粒の宝玉を持っていた。
それをルア・ベレーザは横目で見てから言った。
「エストレーラ……、それどうしたの?」
「……霊峰の外をうろついてた【魔種】が持ってたのよ……。どっかから奪ってきたみたいね……」
「……」
その言葉にルア・ベレーザはその手のひらを妹に向ける。
エストレーラ・ベレーザは首を傾げてそれを手渡した。
(……血の痕跡……、新しい……、そして人間の血……)
そうして確認したルア・ベレーザは静かに立ち上がった。
「姉さま?」
「……月夜の散歩に行ってくるわ……」
その言葉に……静かに妹は答えた。
「……そう」
そして――、ルア・ベレーザは月下に被膜翼をひろげて空へと舞い上がった。
◆◇◆
破壊されていた……、その街は全てが破壊されていた……。
そうやら既に多くの死体が片付けられているようだが……、そこら中に死の匂いが感じられた。
「……」
その中心を感情のない表情でルア・ベレーザは歩いてゆく。
そして、その奥に――、
見たことのある剣がへし折れた状態で転がっている。
ルア・ベレーザはそれを黙って拾い上げた。
――と、
「さわるな!!」
そう激情の籠もった声がルア・ベレーザに向かって飛ぶ。
振り返ると、手に剣を持った十代前半と思われる少年が怒りの表情を向けて立っていた。
「魔種め!! それは父ちゃんの剣だ!!」
「……」
「……バルザークの手下が!! 僕がお前を……」
「……はい」
――と、静かにルア・ベレーザはその膝を折って、その少年の目線にあわせてしゃがむと、その折れた剣を手渡す。
少年は驚いた表情で彼女を見つめた。
「え?」
「……名前は?」
「……え、あ……、ソル……」
その言葉を聞いてルア・ベレーザは優しい笑顔を向けた。
「そう……太陽……か。本当にあの子達は……」
――不遜だわね。
月と星――、それに並び立つ存在としての太陽。
その名を聞いてルア・ベレーザは、太陽のその頭を優しく撫でた。
「……う、あ……」
その目から大粒の涙が溢れてくる。
ルア・ベレーザは静かにその胸に少年を抱き寄せた。
「……泣きなさい。今だけは……私に触れることを許してあげます……。そして……、明日、朝日が登ったら立ち上がりなさい」
「うわあああああああああああ!!」
そうして――、
静かな月夜に少年の泣き声が響いた。
◆◇◆
それは突然の襲撃――、まるで黒い光弾の如く一直線に飛ぶルア・ベレーザが、その指を軽く振った。
グシャ!!
無数の飛行型【魔種】を切り裂くように、巨大な黒鱗竜の鈎爪が事象として顕現して【魔種】どもを肉塊へと変えてしまう。
「……ルア・ベレーザ!!」
【根源魔種】バルザークの配下幹部である上位魔種――、巨大なアギトを持った巨獣が彼女の名を叫ぶ。
――その巨獣がその爪を振るおうとして――、
ズドン!!
ルア・ベレーザが指を振るのに合わせて、巨大な黒鱗竜の竜尾が顕現して――、それを薙ぎ払った。
「げあああああああああああ!!」
落下しながらもその巨獣は、その巨大なアギトを開いて、その奥から絶対零度にすら届く冷気を放出し始める。
「……邪魔よ? 下郎……」
そう呟いたルア・ベレーザが、その口をO型に開いた。――その奥に赤い炎がチロチロと見える。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!!
そして、その巨獣めがけて――、その小柄な身体ではありえない炎の柱が前方へと放たれる。
遥か彼方――バルザークの居城からすら見えるその炎の巨柱にあぶられて――、その巨獣は灰となって消滅した。
そのままルア・ベレーザは黒い光弾となって居城へと向かう。
無数の魔種が迎撃に出たが……、全て指を振る度に顕現する黒鱗竜の理力によって叩き潰されていった。
「ルア・ベレーザ……、いやルア・ベレーザ様……」
居城のバルコニーに出てきたバルザークが、その頭上に静かに浮かぶルア・ベレーザを見て、――その膝をつく。
「……な、何の御用で……」
「迎撃させておいて……、そう云うの?」
「……」
全長十数メートルのバルザークが、その身を恐怖に震わせてルア・ベレーザに頭を垂れる。
「……人間の街を……何故意味もなく滅ぼしたの?」
「意味は……あります」
その答えにルア・ベレーザが目を細める。
「……貴方も知っているはずだ……、人間に生まれつつあるあの存在を……」
その答えに――、ルア・ベレーザはため息を付く。
「なるほど……、そう……焦魔帝グラムザグ辺りに吹き込まれた……と」
「うぐ……」
ルア・ベレーザは静かに冷たい目でバルザークを見下ろす。
「人間を……、そういった事情であってもそこまで恐れるのは……」
――貴方達に【根源魔種】としての誇りも――、支配者である心持ちもないから……。
「正しく……、上位種としての意地がないから……、弱者の反抗を恐れる……」
「しかし!!」
バルザークは反抗の目をルア・ベレーザに向ける。
「……そうね……、貴方がたにとっては……、それが怖い……と。弱虫ね……」
「うぐ……」
ルア・ベレーザは静かにバルザークを見下ろす。
「……今回だけは【根源魔種】の契約によって……貴方を生かす。でも……次はないわ」
「貴方は【根源魔種】を滅ぼすおつもりか?!」
そのバルザークの言葉にルア・ベレーザは、感情のない顔で答えた。
「……貴方がたが自分たちをその程度だと思うならば……、貴方がたにとってはそうなんでしょうね――」
そうして月夜の向こうにルア・ベレーザは消えてゆく。――バルザークはその場に震えて呻くだけだった。
◆◇◆
それからしばらく後――、【玄鱗龍姫】ルア・ベレーザは、妹・エストレーラ・ベレーザと共に外界へと降りた。
それ以降、その地一帯の支配者として君臨し――、その領域は他の【根源魔種】――、特に人類を奴隷のように扱う【焦魔帝グラムザグ】などが手を出せない土地となった。
そうして、その地に彼女ら双児女神を信仰する【月星教会】は生まれ――、対魔種戦闘組織【月星教会聖騎士団】が成立した。
なお、――その【月星教会】における初代大司教の名は――、
――太陽であったと言う。
◆◇◆
※ 以下、間を空けてキャラクター解説(内容的に物語の雰囲気を壊す可能性があるので、ご了承の上読んでください)。
★ルア・ベレーザ:
【魔種】の一種族である【玄鱗龍姫】に属する古代【魔種】――【根源魔種】。
双児の妹を持ち――、性格的に若い少女的な活発かつ高慢――そしてツンデレ気質(笑)な妹【エストレーラ・ベレーザ】とは違い、かなり落ち着いた大人な女性的性格をしている。
特に、その人間に対する言動の端々に【貴方は私の母親か?!】と言いたくなるような言葉が見られ――、彼女の熱心な信者の中には「ルア・ベレーザ様は私の母になってくれるかもしれなかった女性だ……。by赤が似合う人?」と言った言動をする者もいる。
【玄鱗龍姫】という種族は、黒鱗竜が少女の姿に変身している、――わけではない。
普通考えると黒鱗竜が美少女の姿をしている、と思われがちだが、正しくは【黒鱗竜】の特性を保有した人型魔種が【黒鱗竜】への変身能力を持つといった形で、正しく美少女側が正式な姿である。
その能力は形を持たない力だけの黒鱗竜をその身の動きで顕現させる事が出来る――というものである。
例えば手を振れば巨大なドラゴンの鈎爪のような斬撃が空を斬る。や、ドラゴンの尾の一撃が再現される、などで、唯一、ドラゴンブレスのみ正しく口から放射する(美少女の小柄な身体に似合わない巨大な炎ブレスが出る)。一応、その絶大な魔法力を基盤とした高位魔法も使えるが、実際の戦闘においてはそういった近接攻撃でのみ戦う、美少女の姿に似つかわしくない、まさにパワータイプといった戦い方をするw。
その圧倒的な戦闘力は、まさしく姿が美少女なだけの【大怪獣ゴジ●】であり、おそらくそこら辺と互角に戦える御方である。
【月星教会】においては【月を司る神性】とされており、本編題名【月下の夜は音もなし】とは彼女への賛歌において【月の女神である彼女が見守る夜は、安全で平和な静かな夜ですよ……】という意味を持っている。




