7題目.あたらよ
ザッザッと、夜の山に足音が響いて遠ざかる。
夕方のあの沼の底のようなどんより淀んだ息苦しい空気はどこへやら。夜空は雨に洗い流されたかのように澄み切っていた。山の中。人工の明かりや高層のビルが邪魔することはない。満天の星の光が突き抜けるかの如く降り注ぐ群青の空。
花代はその下を、その空と同じくこれ以上無いほど晴ればれとした気持ちで歩いていた。着てきた服に着替えて、背中には小さなリュック。ぬかるみの泥が服に跳ねるのも足を取られて転びそうになるのすらも、もはや気にならない。このままどこまでも行けそうな気がした。そう、遠く遠くの、どこまでも。
花代は思う。まるで何もかもが夢の中の出来事みたい。子どもの頃に還って冒険でもしているかのように、ワクワクした気持ちに満ちている。
借りた浴衣は畳んで部屋に。親切を無碍にして申し訳なく思う気持ちと一緒に、そこへ置いてきた。もう、関係の無いことだ。
花代は崖のようになっている縁を見つけ腰を下ろす。ザァーと流れの速そうな川の音が、暗くて見えない下の方から聞こえてきた。
背負っていたリュックを前に回し、そのファスナーを開いて。一番底に隠すように潜しておいた瓶を手に。ガラスの中でジャラジャラと音が鳴る。それを眺め、星を詰めたみたい、と花代は目を細めた。
花代は瓶の蓋を勢いよく回し開け、中身を自分の手にも出さずそのままザァーと喉の奥へ。白い錠剤が、星の川が、流れ込む。
花代は笑ってその場にドサリと背中から倒れ込んだ。
明日の不安なんてのはぜーんぜん無い! 気持ち良く眠れそう。こんな晴れやかな気分は久しぶり。ああ、なんて惜しい夜! お願いだからずっとこのまま……、なーんて。
そして花代は闇の中、誘われるままに目を閉じた。