31題目.ノスタルジア
心が踊っている。この時期になるといつも。大切にしまわれていた風鈴がちりん、ちりんと軽やかな音色を響かせる夏。
鏡を覗き込む。お団子でアップにした髪が、いつもと違って新鮮だ。自然と口角が上がる。思わず歌を口ずさんだ。今日は、毎年楽しみにしている夏祭りの日。
浴衣を着て、下駄の音を軽やかに響かせて歩いていく。家族と連れ立って、縁日が開かれている海岸沿いまで。浴衣は白地に色とりどりの花が染められたお気に入り。それに合わせて自分で塗ってみた爪も、なかなかに良い出来だった。
やがて波の音と人々の賑わいが混じり合って聞こえてくるようになる。涼しくなる夕方を狙って出てきたので、広がる空は端が橙色に染まり始めていた。朝はにわか雨の予報もあって心配していたけれどどこ吹く風。むしろ今日は一日中、雲ひとつ無い快晴だった。
一通り出店を見て回って、人混みに少し当てられたので一息つこうと、アスファルトの道を逸れて砂浜まで下りる。
下駄を脱ぎ、波に足を浸して。寄せては返す穏やかな波。慣れない下駄に疲れた足の裏に、砂の感覚が心地良かった。
家族から少し離れた場所で、一人静かに海を眺める。夕陽を反射する波のきらめきを瞳に映して。
不思議と“懐かしい”という感覚があった。胸の奥、心の中、深い深いところから込み上げてくる不思議な感覚。自分の故郷。自分の家族。自分の時間―― まぶしさに目を細める。
「沙百合ー!」
母、花代の呼ぶ声がする。
「はーい、ママ!」
少女は振り向き、白い砂に足跡をつけ駆けて行った。かくも愛しく過ぎゆく、夏の中を。




