30題目.花束
花代は花束に目を向けた。お見舞いの花束へ。
小さな診療所。花代は一人ベッドで横になっていた。
数日前のあの日。山を降りていった所で花代は工事のトラックと鉢合わせた。煙が見えて見回りに来たのだという。運転していたのは花代と歳の近い若い男性。
煙の件とは別に、山に行ったきり姿の見えない女性の噂が麓では上がっていたらしい。すぐさま花代は麓の診療所へと送り届けられた。この花束は、そのトラックの男性からのものだった。
花代は花束に目を向けた。プロポーズの花束へ。
花代はその男性とやがて交際するようになった。それから数年、海の見えるレストランにて。食事終わりに不器用に差し出された大きな花束。花代は嬉し涙を流しながらそれを受け取った。
山に入る前、騙され付き合っていた男とは、言うまでもなくましてや比べるべくもない素晴らしい男性だ。
花代は花束に目を向けた。出産祝いの花束へ。
新しい小さな命の誕生を祝うこと。それはかつての花代が、騙されていたことを知った絶望と苦悩の果てに、せめて一つと望んだこと。叶うことのなかった最後の願い。
花代は、命というものに思いを馳せながら、その花束を涙に濡れた瞳で見つめていた。
花代は花束に目を向けた。今度は自分が渡す花束へ。
小さな我が子のことは夫に任せてきた。出かけて行く時、一人で大丈夫かと夫には心配されたが、あの場所はもう“大丈夫”なことを、花代はよく知っている。
午前の明るい山道を川の流れる崖沿いに進む。やがて花代は開けた場所、そこから街と海とが見える所へと辿り着いた。花代はそこで足を止め、遠景の海を眺めた。海は太陽の光を反射してきらめく。
そっとかがみ、地面に花を置く。そして花代は目を閉じ手を合わせた。白いユリの花は静かに笑っていた。




