29題目.思い付き
「ありがとう。……ごめんなさい巻き込んでしまって」
ふいにそうぽつり。花代を見つめ沙那江は静かに言った。それに花代はまっすぐに沙那江を見て言葉を紡ぐ。
「ううん“巻き込んだ”のはこっちの方よ。あなたを救うことで、私も何か救われたかったのかもしれない。……こちらこそ、ありがとう」
二人の間に、しんみりと静かな空気が流れた。それを明るく打ち破るかのように。
「さぁ、ではそろそろ」
どちらからともなく二人はそう口にした。
歩き出そうとする花代。しかし沙那江はその場から動こうとしない。だが花代はそのことを指摘したりはしなかった。分かっていたのだ。西日に照らされた沙那江の輪郭が、その光と同じ色になって次第にほどけていく。
光に包まれた沙那江は、すっと手を上げ、とある方向を指し示した。
「花代さん、このまま進めば、麓までの道に出ます。まやかしの破られた今、あの火で上がった煙はきっと誰からでも見えるでしょう。崖崩れを直しに来ていた工事の車が、きっと心配して近くまで来ているでしょうから、その車に乗せてもらうと、きっと良いかと思われますよ」
花代は沙那江の言葉にうなずく。そこで花代は、ハッと思い出したように息を吸った。
「そうだ。私、あの白い浴衣を持って帰って来ちゃったの。沙那江さん、そうしても良かったかしら?」
「では……」
沙那江は笑って花代に耳打ちした。それに花代は同じく笑ってうなずく。
二人は最後、握手を交わす。夕日が沈むその海のきらめきのように、沙那江の全身は輝いて。そうして同じ光になって、沙那江は消えた。いましめから解き放たれ、懐かしい故郷の海へと還るように。




