28題目.西日
花代と沙那江は無月の足に齧りつく。だが無月はそれを振り解かんと身をよじり、やがてそのうちに二人の留める手から解き放たれてしまいそうだった。
しかしその時。空に浮かぶ黒雲が風に流され、その切れ間から西日が差した。それは地面を照らし、花代と沙那江を包み、そしてその二人の伸ばした手の先、無月を射す。
「グッ、馬鹿な……っ! この私が、小娘ごときに? Damn it!! Ahhhhhhhhhhh!!!!」
太陽の光は、無月、吸血鬼の体を焼く。早く獲物を捕らえんと欲をかいた化け物は、うら若き娘を騙し捕らえていた悪鬼は、燃え落ちていく。庵と共に。もうまやかしの術などとうに解け、ただの朽ち果てた荒屋でしかない、嘉永生庵と共に。
「行きましょう!」
無月の恐ろしい断末魔もふと見た悪夢の中の出来事だったかのように消え去り、燃える炎の音だけがただ響く中を。二人は手を取り合って駆け出した。
茂みを抜けて、川の流れる崖の所へ。その縁に沿って行くとやがて反対側へ飛び越えられそうな場所を見つけた。二人は流れる水の上を大きく跨いで向かい岸へ。
その先は開けた場所になっていた。二人のいる山の上から、街が、海が、見える。丸い湾の中に一つだけ小島の浮かぶ、のんびりと穏やかなあの海が。
沙那江は目をめいっぱい丸く見開いた。これまで露ほども知らなかった。無月による結界をほんの少しでも越えられたのならば、その先にこんな場所があったなんて。沙那江は嗚咽した。
「ああ、私これで本当に、本当に、自由に……!」
涙が止めどなく浮かぶ。けれどもっと海を見ていたいと沙那江は何度も何度も涙を拭い振り払った。花代はそれを黙って微笑み見つめる。
西日が差す。そのやわらかな橙色の光は、沙那江と花代をあたたかく照らしていた。




