26題目.悪夢
沙那江は長い長い、永遠に続くかのようにすら思われる廊下を歩く。
……これはまやかし、幻術だ。分かっている。けれど自分はこのまやかしの中に囚われている。この庵の主、無月の力によって。無月がいる限り、自分はここから先、未来永劫どこにも行けない。
やがて沙那江の足は屋敷とでも呼ぶべき広さの“庵”の最奥、ピタリと閉じられた障子戸の前に辿り着く。沙那江はその木枠に手をかけようとして……、はたとその手を止めた。妙に静かだ。元よりまともな命の気配など無いが、それを加味しても、なお。
バッと後ろを振り返る。廊下に差す夕日の色が妙に毒々しい。それはまるで血のような――
沙那江は庵の外に駆け出した。
見上ぐ空は血を流したかのように赤い。黒い入道雲がぬっと立ち、太陽を覆い隠している。その下に。
悪夢のような光景が広がっていた。最初に沙那江の望んだ光景。最後に沙那江が厭うた光景。
花代と無月が相対している。獲物と捕食者として。
無月は僅かに首を傾け、背中越しに沙那江へと言葉を放った。
「ほう、来たか。沙那江」
その冷たい声色に、沙那江は凍りついたように動けなくなった。恐怖、そして主人たる無月の術によって。
無月は続けた。
「随分と待たされたような気がするが……、いや何、良い良い。これは素晴らしき新鮮な品だ。喜べ、お前には約束通り褒美を取らせよう。……まずは、お前が不遜に何かを企みこの私への献上を遅らせたそれ相応の罰を与えた上で、な」
そうして無月は、下駄の音を響かせ歩みを進めた。一方の花代は無月の術をかけられたのか、俯いてその場に立ち尽くしたまま、声も上げすらしない。
無月は花代の肩を抱き、大口を開けて、闇の中その牙の妖しいきらめきを踊らせた。




