22題目.さみしい
でも。と沙那江は首をふるふると振った。纏わりついてくるじっとりとした夏の湿気を振り払うように。
この呪いを誰かに押し付け、晴れて自由の身となる。その日をその時をその瞬間を、熱望していた切望していた渇望していた。喉から手が出るほどまでに。しかし、いざそれが己の手の届く範囲に在るとなると……。
そもそも、ここに迷い込んで来てしまうような人間は、心に空虚を抱えた者なのだ。つまり、この自分と共鳴する部分の多分にある。
やってきた人間の中には、沙那江の目を潜り、そのまま当初の目的を成し遂げてしまった人もいた。また、悪鬼に血を貪り啜られ、残った身体を棄てられた人もいた。そうして人が命を落とすその度に、沙那江に残った人間の心は声無き悲鳴を上げた。吸血鬼に捕われそれに付き従い、生きるとは無しに生きる人形でも。その冷たい身体の奥底には、しかと心があるのだ。
自分の呪い。それを自分と同じような気持ちを知る人に押し付けたくは無い。そう思ったから。そう思ってしまったから。
沙那江はそっと目を閉じた。風は音も無く通る。庵の中は静かそのものだ。これまではそれが当たり前だった。昼間に人の足音が聞こえること、誰かの息づかいがあること、吹く風以外で空気が揺れて動くこと。それらも今後また一切無くなる。
ひっそりと建つ庵。木々の間の静寂。これが「さみしい」というものなのだということに、沙那江は改めて気がついた、否、思い出した。だがじきにまた慣れるだろう。今までの人と比べて、ほんの数日だけ長く関わってしまっただけ。
まだ夜は遠い。彼女はこのまま逃げおおせられるだろう。さて、何か主人への言い訳を考え始めなくては……。
沙那江は首元をさすりさすり、食事の支度に向かうかのような足取りで、部屋の外へと出ていった。




