21題目.海水浴
潮騒は遠く遠く。もうこの耳には聞こえない。目の前に流れる小川は、きっとこの私を海まで運んではくれないだろう。
今朝方、無意識のうちに足を川の水に浸していた。それは、もはや届くべくもない過去に手を伸ばそうとしてだったのかもしれない。
自室に戻った沙那江は、後ろ手に引き戸を閉めきると、まるで眩しさに顔を顰めるように目を細めた。
昔は――、そう、昔は。夏にはよく海へと遊びに行ったものだ。小さな童の頃から年頃の娘となった時までも。近所の遊び仲間と連れ立って、家の手伝いなんてほっぽり出して。その例え遠く離れても色濃い記憶の海は、丸い湾の中に一つだけ小島の浮かぶ、多く船の出入りする、活気がありつつものんびりと穏やかな海だった。
あの恐ろしい黒い船、その中に潜み紛れていた異国の化物が来るまでは。
ひとつ、ひとかげ ゆらめいて
ふたつ、ふれそむ ぬばたまや
みっつ、みだりに たちいれば
よっつ、よみの ふちにたつ
いつつ、いつまで いられよう
むっつ、むねにひろがる ものがなし
ななつ、なくなく あるこうぞ
やっつ、やまこえ さととおく
ここのつ、ここまで ついたなら
とおで、とうとう このとおり
数え唄は永く永く。ずっと沙那江の胸に響いている。あの日のことを忘れじと、口ずさみ、刻み付け。
沙那江は顔を顰め目を細める。眩しさを厭うように。
出遭わなければ、騙されなければ、襲われなければ。そうしたら自分は、あの海に生きて死ねたのに。そう絵空事を、あの海の上に見たのとよく似た夏雲に描いては棄てる。




