17題目.空蝉
花代が近づいて声をかけても、沙那江は顔を上げず俯いたままでいた。その足は川に浸っている。裸足の足が。白い着物ということも相まって花代はギクリと身じろいだが、冷静になって考えるとそこは入水できる深さなどではないことは明らかだった。
川の音、静かに。その中で沙那江はぽつりと言った。
「なんでも、ないんです」
言葉と様子がまるで噛み合っていない。はいそうですかなどと納得できるわけもなく、花代は怪訝な顔のまま沙那江を見つめた。沙那江はまたぽつりと言葉を落とす。
「ただ……、どうしても見つからなくて」
俯いたままの、不用意に触れれば儚く“くしゃり”と砕けてしまうような華奢な身体。
沙那江の纏う白い着物を改めてよく見てみると、柄がごく薄く繊細に描かれていることが分かった。花代は最初それをユリの柄かと思ったが、どうにも違うようだ。もっと異様で、ともすると不気味な……
「ああ、これ。自分で描いたんです。ギンリョウソウ。……またの名を、ユウレイソウ」
花代の視線に気づいてか、沙那江はそう口にしてかすかに微笑んだ。日陰にひっそりと咲く花のような笑みだった。
「ずっと、迷って、探して……」
沙那江は上を、天を、振り仰ぐように見上げる。雲に覆われた空だったが、沙那江はすぅ、と目を細めた。
「私は、どこに行ってしまったのでしょう」
不意に、ヒグラシの声が空気を震わせた。
――かなかな、かなかな――
抜け殻は地に取り残され、かつてその裡に居た蝉は姿を見せず奏でる。夏の空気を裂く慟哭を。




