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嘉永生庵  作者: Ellie Blue
14/31

14題目.浮き輪

――溺れる者は藁をも掴む。言わんや浮き輪をや――

 花代が上がった後で。沙那江は、温め直した湯槽(ゆぶね)に浸かり考える。

――汲めども尽きぬその中に。自分の身体(からだ)(ただ)在って――

 揺らぐ湯の表面を戯れに手で撫ぜてみる。それにも飽いて、ざば、と上げた沙那江の手。それは上気してほのかに紅く色づくということは一切無く、変わらぬ真白のままで。

 沙那江は溜め息をついた。今更、何を迷うことがあろうか。無月、主人からも急かされている。もう数日と延ばすことは極めて難しいだろう。その事実が否応無しにひしひしと沙那江には感じられた。

 (いな)。沙那江自身もその時を、この時(・・・)を、永いこと待ち望んでいた。そのはずだ。それなのに。

 息を吐いたら吸うようになっている。沙那江のような者でさえも。溺れることを厭うように。もう既に、余りにも多く、逃れ得ぬほどの黄泉(よみ)の水を飲んでしまっているというのに。


「ひい、ふう、みい、よお」

 数え唄、とうとうと流れる。

「いつ、むう、なな、やあ」

 千の夜、万の夜を越えた唄。

「ここ、とお」


 まるで小さな子供がするように、十を数えて沙那江は湯槽から立ち上がった。

 闇の中に浮かぶ白い肢体。夜風に吹かれればすぐに冷める。沙那江の身体は熱を保てない。否、保つ必要なぞはとうにまるきり無い。

 人の(ことわり)を外れた者。本来ならば既に死人(しびと)。血を啜る悪鬼の下僕(しもべ)となりし女。道を(たが)え踏み外し、昏く冷たき水に落ちて。(すが)り掴まり、どうにかどうにか()()()()()()()の生にしがみついている。

 それが、沙那江という女の呪われた有様だった。

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