14題目.浮き輪
――溺れる者は藁をも掴む。言わんや浮き輪をや――
花代が上がった後で。沙那江は、温め直した湯槽に浸かり考える。
――汲めども尽きぬその中に。自分の身体が只在って――
揺らぐ湯の表面を戯れに手で撫ぜてみる。それにも飽いて、ざば、と上げた沙那江の手。それは上気してほのかに紅く色づくということは一切無く、変わらぬ真白のままで。
沙那江は溜め息をついた。今更、何を迷うことがあろうか。無月、主人からも急かされている。もう数日と延ばすことは極めて難しいだろう。その事実が否応無しにひしひしと沙那江には感じられた。
否。沙那江自身もその時を、この時を、永いこと待ち望んでいた。そのはずだ。それなのに。
息を吐いたら吸うようになっている。沙那江のような者でさえも。溺れることを厭うように。もう既に、余りにも多く、逃れ得ぬほどの黄泉の水を飲んでしまっているというのに。
「ひい、ふう、みい、よお」
数え唄、とうとうと流れる。
「いつ、むう、なな、やあ」
千の夜、万の夜を越えた唄。
「ここ、とお」
まるで小さな子供がするように、十を数えて沙那江は湯槽から立ち上がった。
闇の中に浮かぶ白い肢体。夜風に吹かれればすぐに冷める。沙那江の身体は熱を保てない。否、保つ必要なぞはとうにまるきり無い。
人の理を外れた者。本来ならば既に死人。血を啜る悪鬼の下僕となりし女。道を違え踏み外し、昏く冷たき水に落ちて。縋り掴まり、どうにかどうにか永遠のかりそめの生にしがみついている。
それが、沙那江という女の呪われた有様だった。