11題目.蝶番
粥と漬物の朝餉を終えて、沙那江は申し訳なさそうに花代にこう告げた。
「昨晩『朝になったら麓に降りて連絡も』と私、花代さんにお伝えしましたが……」
そういえば。花代はもう遠いことのように思われる、昨晩の沙那江との会話を思い出した。沙那江は続ける。
「先ほど見てきたところ、昨日の雨のせいか、麓への道が崖が崩れて埋まってしまっていて……。工事の方が来てくれるまでしばらくかかってしまいそうかと」
申し訳ありませんと頭を下げる沙那江に、花代は慌てて首を横に振って見せた。 なにせ他の宿など、はなから予約してはいないのだから。花代は、そのことを何かしら軽くでも伝えておこうかと口を開きかけた。……きっと少なくとも昨夜には、沙那江に何かしらは察知されているだろうという気持ちもあった。
だが沙那江は盆を持ってすっと立ち上がり、ごく自然に花代のことを躱した。それはやんわりとした拒絶のようにも感じられて。深くを聞くつもりはないのか。
それでも沙那江はやわらかく微笑む。
「その間、どうぞ休息なさっていて」
夕暮れ時。真っ赤に染まった空の北側に、黒い雲がぬっと黙って湧き上がってきているのが見える。
花代は沙那江から、手伝ってほしいことがあると呼ばれて向かった。曰く、風鈴が壊れてしまったそうで、蔵の中に別の風鈴がないか探す手伝いをしてほしいとのこと。沙那江は風呂の支度をした後で来るそうだ。
蔵の扉を開く。ぎぃぃ、と蝶番がたてる軋む音。
そっと足を踏み入れた扉の中は薄暗い。高窓から差す光で埃が舞っているのが見える。蔵の中に並んだいっぱいの古びた棚には、木の箱やら紙の束やらが詰め込まれていた。
すぐに見つかれば良いんだけど……。花代は溜め息をつき、まずは手近な木箱を一つ引っ張り出した。