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嘉永生庵  作者: Ellie Blue
10/31

10題目.突風

 ちりん。縁側に吹き込んできた風で風鈴が鳴った。その音の方に、目を向けて、戻して。花代の視線が沙那江の視線と交差した。花代の心臓がドキリと跳ねる。昨晩止まりそこなった心臓が。

 沙那江はにこりと微笑んで、その口を開いた。

「おはようございます、花代さん」

 そして沙那江は、起き上がろうとして慌てる花代が何か口にする前に言葉を継いだ。

「まずは顔を洗っておいでなさいな。すぐそこを右に折れると井戸がありますから。さっぱりしますよ」

 そうして花代は沙那江に半ば押しやられるように、朝の陽の光が差しはじめた外へと、靴を突っ掛け歩いていった。




 穏やかな日差しを受けてきらきらと光る花代の明るい髪。それをまぶしそうに眺めた後、沙那江も朝の支度に取り掛かろうと立ち上がりかけた。その折。

 びょう、と強い風が吹く。それは外からではない。庵の奥からの、冷たく湿った異様な風。軒先の風鈴がちりんちりちりと悲鳴のように鳴る。その最中で沙那江はじっと、風の吹いてきた方向に目を向けていた。御簾と障子、二重に隔てられたその奥を。

 風に乗って何かが聞こえたのだろうか。沙那江は唇だけを軽く動かし、声を出さずに言葉を紡ぐ。すると、一段と強い風が沙那江の横を吹きすさんでいった。

 かしゃん。風鈴が落ちて割れる音。

 それを合図に、可怪しな風は何事もなかったかのように引いていった。太陽が周り、沙那江のいる縁側の上にも朝の日差しが届くようになる。その光の中で、沙那江は出来上がった浴衣を片手に、黙って立ち上がった。

 割れて砕けた、風鈴に泳ぐ赤い金魚。その遺骸を沙那江はそっと拾い上げた。朝の風がまた一つそよいだが、風鈴の清い()は、もう鳴らない。

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