1題目.まっさら
まっさらの浴衣を仕立てましょう。そう思い立った。
予感がしたのだ。或いは、永年から来る確信。
訪問者がある。と。
結わずに下ろしたままの黒髪。細い身体に白い紗の着物を巻いて。その若い女の名は、沙那江と言った。
山の小川の清冽な流れに、白い布がたゆたうのを眺める。反物の水通しに、しばらく。だがこの待つ間も、沙那江にとってはまったく苦ではなかった。
時間なぞたっぷりと、それこそ幾らでもある。人里離れた山の中。ここら一帯は、まるで時を止めたかのように在った。
川面に反物が流れ、山合に鼻歌が流れた。
久方ぶり。そう、久方ぶりに、心が躍っている。待っていたの、私、ずっと。
沙那江はそう、川面にさらしてたっぷりと水を含んだ白い反物を、くるくると手繰り寄せた。
生地に含まれた水を丁寧に丁寧に絞っていく。たゆたうような鼻歌の調べは尚も続く。
その時。沙那江は不意に、まるで誰かに呼ばれたかのように肩をピクリと震わせた。手が止まり歌が止まる。
振り返るも誰もいない。そこには、藪の中に隠れるようにひっそりと、一軒の庵が建つのみ。木と漆喰で造られ、屋根は茅で葺かれている。まだ日は高いはずなのに、その庵の周りだけが妙に暗がりに沈んでいるように感じられた。
絞り終えた反物をひとまとめに折り畳む。既にその顔には表情は無い。生気のない白い顔をした女。
沙那江はそのまま川を後にし、その庵の中に吸い込まれる、或いはまるで飲み込まれるかのように、音もなく消えていった。