Chapter.1-7:決着
放課後。6時間目のチャイムが鳴り終わると部室には自分、天吹さん、阿部先生の3人がそろっていた。
投資部の部室に、再び緊張が戻ってきた。
そんなタイミングで投資部の部室の戸がスーっと開く。
開いたドアの向こうから、ゆっくりと校長先生が入ってくる。
「みんな、そろったみたいだな」
「さて……まずは、私の結果から発表させてもらおう」
校長先生は淡々と、手元の資料を机の上に置く。
「私の運用銘柄は、主に大和証券、岡三証券、三井住友FG、そして野村HD。この4銘柄で、売買は前場の寄り付き後に完了している。最終的な利益は──」
一瞬、場が静まり返る。
「合計で+5,700円。元本100万円に対して、0.57%の利益だ」
0.57%と聞くとそこまで優秀な数値ではなさそうだが、単純に年間に換算すると、利益率は100%をこえる。
本来、短期投資とは株価の流れが安定せず難しいものなのだ。
阿部先生が小さく感嘆の声を漏らした。
「校長先生……こんな短期勝負でもしっかり結果を出すなんて、本当は教師じゃなくてプロの投資家なんじゃないですか?」
校長は微笑を浮かべたまま、僕たちの方へ視線を向ける。
「では、次は君たちの番だ。投資部の成績を聞かせてくれ」
「はい」
天吹さんがノートパソコンを開き、ゆっくりと画面をこちらに向ける。
「私たちは午前に信越化学とトヨタを購入しましたが、その取引で10.6%...10,600円の損失を出しました。そして午後、フリー、ダイドーグループHD、マルハニチロ、リログループの4銘柄に分散投資を行い──」
一度、言葉を切る。
「……午後の現物取引における損益は、0.86%ほどの利益です」
校長は少し目を細めた。
「ということは……合計でまだマイナスかね、ふふ、残念だな、これで投資部は負け、廃部じゃな──」
「いえ」
天吹さんが、はっきりとした声で言葉を遮った。
「午後の取引は、すべて“信用取引”を使っています。レバレッジを3倍にかけて実行しました」
「……なんだと?」
校長の笑みが、わずかに崩れた。
「信用取引に切り替えたのは午後の取引直前。戦略を切り替えたのは、出来高とチャートの動き、ゴールデンクロスの発生頻度など、複数の要素から判断した結果です」
天吹さんはノートパソコンを校長の方へ向け、指で数字を示す。
「午後の信用取引による最終損益は──+25,800円。午前の損失を差し引いても、合計利益は+15,200円。利益率にして1.52%となります」
「な……」
校長の目が、一瞬見開かれた。
「この勝負、私たちの勝ちです!」
天吹さんが、静かにそう締めくくった。
──沈黙が部屋を支配する。
ただそれを無視するかのように、阿部先生が言葉を発する。。
「……ふふっ、やったわ! 勝ったのね……!」
立ち上がって小さく手を叩く阿部先生に、僕と天吹さんも思わず笑みをこぼした。
「信用取引?...ふざけるな! そんなの、ルールには明記されていなかったではないか」
校長先生の声が低く、しかし確かに震えていた。
「……確かに、明記はしていませんでした。ですが“禁止”とも書いてありませんでしたよね?」
天吹さんは一歩も引かず、静かに、しかしはっきりと応じた。
「私たちはルールの中で、最善を尽くしました。校長先生が用いた“情報の分析と分散投資”と同じように、 私たちは……ルールの中で、最大限の努力をしました。」
校長はしばらく黙り込んだ。歯を食いしばるような表情を浮かべ、資料に目を落とす。額にうっすらと浮かんだ皺が、その葛藤を物語っていた。
「……生意気だな」
その言葉には、皮肉も混じっていたが、同時にどこか誇らしげでもあった。
「私の負けだ。名桜学園投資部、今日の勝者は君たちだ」
その言葉に、部室の空気が一気に弛緩する。
「やった……!」
思わず、僕は天吹さんと目を合わせ、にっこりと笑った。
校長はしばらく僕たちを見つめていたが、やがてゆっくりと背を向け、部室の戸口へと向かう。
「投資"バトル"において必要なのは、知識だけではない。胆力、判断力、準備、そして何より……相手の裏をかく力だ。今日は、そのすべてで君たちが上だったということだろう」
ドアノブに手をかける直前、校長はふと振り返った。
「投資部の廃部は……取り消す。約束は、守ろう。だがもし次の機会があれば……こちらも、手加減はしない」
そう言い残して、校長は静かに部室を後にした。
校長の目はかすかに揺れ、唇はわずかに震えていた。敗北を口にするまでの、ほんの一瞬の葛藤を、僕は見逃さなかった。
──その背中には、敗北の悔しさと、それでも負けを認めた男の矜持がにじんでいた。
……扉が閉まる音が、静かに部室に響く。
しばらく沈黙が続いたあと、天吹さんが胸元を押さえながら、深く息をついた。
「……やりましたね、竹田さん」
「ああ……信じられないくらい、今、力が抜けてる」
ふたりで顔を見合わせて、小さく笑い合った。
そんな僕たちを見て、阿部先生がやさしく微笑む。
「よく頑張ったわね、ふたりとも。本当に……すばらしいチームワークだった」
そう言いながら、阿部先生はデスクの引き出しから、小さな箱を取り出した。
「これ、忘れてたの。竹田君、あなたに渡すものがあるのよ」
それは、銀色に輝く小さなピンバッジだった。中央に“投資部”のエンブレムが刻まれている。
「これは、正式な“投資部の部員章”よ。あなたはもうれっきとした部員。いや……これからは中心的な存在と言ってもいいかもしれないわね」
「……ありがとうございます……っ」
僕は両手でそのバッジを受け取り、そっと胸ポケットに挿した。
“実感”が、ようやく込み上げてくる。
――僕はこの部の一員なんだ。
「これから、もっとこの部を盛り上げていきましょう」
天吹さんが真っ直ぐ僕を見て、手を差し出してくる。
「そうだね。みんなで一緒に、もっと大きな勝利を目指していこう」
その手をしっかりと握り返す。
外はもう夕暮れ。西日が部室の窓から差し込み、机の影を長く伸ばしていた。
だがその光は、今日一日を締めくくるような寂しさではなく──これから始まる“未来”を照らす光に見えた。
投稿遅れて申し訳ありませんでした。
これで1章は終わりになります。ご愛読いただきありがとうございました。
これから、私事都合で忙しくなるため次回の更新は8/12(火)になります。
申し訳ありません。次回以降は気長に待っていただけたら幸いです。