表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

Chapter.1-4:初陣前

朝7時半。まだホームルームすら始まっていない時間に、僕は部室のドアをそっと開けた。


「おはようございます、竹田さん!」

すでに天吹さんは部室にいて、いつも以上にきびきびとした動きで準備をしていた。壁のホワイトボードには、昨日まとめたデータに加えて今朝の株価ニュースの見出しが書き足されている。


「早いですね……」

「そっちこそ。もう来てくれてるなんて安心しました!」

彼女の笑顔に、少し緊張がほぐれた。けれど、それでも胃の奥にはずっしりとした重さが残っている。

今日は、名桜学園 投資部の運命を決める日。

勝てば、部は存続。

負ければ、廃部。

しかもその相手は、校長先生――教育者でありながら、部活動の再編を行い、投資部の廃部を主導的に進めている男。


「落ち着いていこう。昨日の模擬投資では結果が出たんだから、大丈夫」

自分にそう言い聞かせて、僕は机に向かいノートパソコンの電源を入れた。

すると、少し遅れて阿部先生が部室に入ってくる。


「おはよう。あら、もう集まってたのね」

「おはようございます!」

「いよいよね……あまりプレッシャーをかけたくはないけど、相手は手加減しないと思っておいてちょうだい」

「はい……覚悟はできています」

阿部先生がそっと一枚の紙を机に置いた。今日の取引ルールが記された紙だった。


【対戦ルール】

・投資対象:日本国内の個別株式(リアルタイム株価使用)

・初期資金:100万円(仮想)

・取引市場:日本の株式市場のみ

・取引時間:9時〜15時半までの6時間

※ただし、9時~12時、13時~16時までは授業時間とする。

・勝利条件:終了時点でより多くの利益額を出した者を勝者とする


「あれ?これ市場が開いているほぼすべての時間は授業になってませんか。」

「そうなのよ。これが、このバトルの困ったところなのよねえ。」

阿部先生は苦笑いを浮かべながら、僕の机に紙コップの温かい紅茶をそっと置いた。

「今回のルール、校長先生が提示してきたの。どうやら“学生らしさ”を保つために授業時間は優先するべきだっていう理由らしいけど……本音は、操作できる時間を減らして勝つ確率を上げたかったんでしょうね。」

「なるほど……つまり、実質使えるのは、朝の取引前と昼休みだけ」

「そういうこと。徹底的な準備と少ないチャンスでどれだけ的確に判断できるか――その集中力が問われるわね」

つまりこれは文字通り“一発勝負”の戦いだ。

頻繁な売買や試行錯誤は難しく、いち売買の精度が何よりも重要になる。


「まだ1時間目の授業が始まるまで時間はあるわ。その間に、最終調整をしましょうか。」

午前8時30分。市場が開くまで、あと30分。

僕は天吹さんが用意してくれたホワイトボードの前に立ち、書き込まれた銘柄ごとの今朝の気配値を見つめていた。

「今日の注目銘柄はやっぱりこのあたりですね。リスクはありますが、半導体関連とエネルギー関連。それから、昨日急落した銘柄の“リバウンド狙い”も候補に入るかもしれません」

「ありがたい。助かるよ...。この2つでいこう、一本ずつ仕込んでおこう。」

チャートを見る目も、昨夜までとは少し変わった気がする。ろうそく足の形、出来高の変化、ちょっとした動きの裏にある“市場の感情”が、なんとなく読めるような気がするから不思議だ。

だが、時間は限られている。

市場開始までの操作時間は、ほんの数十分。短い。

この時間で仕込んだ銘柄が、昼にどこまで動くか。

いや、どこまで“読めるか”。


そのとき。


「失礼するよ」

低く落ち着いた声とともに、部室の扉が開いた。振り返ると、スーツ姿の校長先生が静かに入ってくる。

「おはようございます、校長先生」

「ふむ、準備は順調そうだな。慌ただしさはあるが、落ち着きのあるいい顔だ。」

皮肉とも、褒め言葉ともとれる言い方だが、不快感は無かった。


「校長先生、僕は昨日と違います。勝負に来た以上、腹は括りました。」

「それでこそだ。――では、私も株を購入するための準備をしよう。」


校長はノートパソコンを広げ、取引口座にログインする。タイピング音が静かな部室に響き、無言の火花が散った気がした。

校長はゆっくりと自分のパソコンへ目を戻し、金融関連の株を中心に4銘柄ほどだろうか、注文していく。

「分散型……慎重ですね」

「勝つというのは、なにも利益を出すことがすべてではない。」

僕はその言葉の意味を噛みしめる間もなく、朝のHRのチャイムが鳴った。


「頑張りましょうね。竹田さん。」

「2人ともHRの時間よ。」

「行きましょう!」

「ああ……!」

惜しむように画面を閉じ、机を離れる。

すでに寄り付きの注文は終えた。これから何が起こるかは誰にもわからない。この後、下落するかもしれないし、昼には市場全体のトレンドが変わっているかもしれない。

ここで下した決断が、昼には笑い話か、武勇伝か。


「次の判断は、昼休みだな……」

そう呟きながら、僕はHRの教室へと向かった。

勝負の前半戦が、静かに動き始めていた――。


【注文確定(投資部)】

・信越化学工業:100株(指値:4852円:485,200円)

・トヨタ自動車:200株(指値:2363円:472,600円)

※合計:957,800円


【注文確定(校長先生)】

・大和証券:200株(指値:1002円:200,400円)

・岡三証券:300株(指値:678円:203,400円)

・三菱UFJ銀行:100株(指値:1980円:198,000円)

・三井住友FG:100株(指値:3607円:360,700円)

※合計:962,500円

最後まで読んでくださってありがとうございます!

皆さんの感想、コメントお待ちしております!

次回は、7/15(火)までの更新を予定しております。よければ、次回もぜひ見てください!

【補足】

・寄り付き:その日の最初の取引

・指値:指定した金額での売買を行うこと(※金額を指定せずに購入することを「成り行き」という)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ