Chapter.1-3:決戦前夜
校長との勝負を明日に控え、放課後の投資部にはいつになく張り詰めた空気が漂っていた。
天吹さんは阿部先生と話し合いながら、部室に用意したホワイトボードへ次々と株価の動向や過去の相場変動のデータを書き出し、僕はその横で少し考え事をしていた。
明日、校長先生との投資バトルに負ければこの投資部は廃部となる。
勝つ必要がある……。
「竹田さん、これ見てください。ここ1年間で同じ業種の株が動いたときの傾向をまとめました。たとえばアメリカが関税を引き上げた日に、同時に動いた銘柄は――」
「ちょ、ちょっと待って。情報量が多すぎて頭が爆発しそうだよ……!」
「ふふ、ごめんなさい。つい熱が入っちゃって」
珀は小さく笑いながら、資料を整理し直してくれた。
資料を整理し直してくれたとはいえ、僕の頭の中ではさっきから市場データが渦を巻いている。チャート、ローソク足、トレンドライン、出来高……聞き慣れない単語が脳内で跳ね回っていた。
ただそれでも……楽しいと思えるのが、不思議だった。
勝負に必要なのは、知識や経験だけじゃない。
さっき阿部先生が言っていた「直感」という言葉が、何度も頭の中に反響していた。
でも直感なんて、簡単に信じられるものじゃない。だからこそ僕は、さきほどの直感を根拠のある理論ではなかったか、考えるようにした。
そんなときだった。
「ねえ、竹田さん。ちょっと休憩しませんか?」
手に持っていた資料を机に置きながら、天吹さんが僕に声をかけてきた。
「もう3時間近くぶっ通しでやってますし、頭が煮詰まるのも無理ないです。ちょっと外、歩きません?」
「……うん、そうだね。そうするよ」
校舎の裏にある中庭は、夕方の風に吹かれて、桜の花びらがちらちらと舞っていた。
僕たちはベンチに並んで座ると、しばらく無言のまま空を見上げた。
「不思議ですよね。投資って、ただの数字のはずなのに、なんだかすごく人間くさいというか……」
「え?」
「相場って、人の欲とか、期待とかで動いてる気がするんです。チャートはその“感情の痕跡”みたいで……。だから、私は投資が好きなのかもしれません」
天吹さんの言葉には、熱っぽさと優しさが同居していた。
投資をただの利益手段としてじゃなく、真剣に向き合ってるのが伝わってくる。
「……負けたくないな、明日」
「はい。私も、絶対に守りたいです、この部活を」
彼女の目は、真っすぐに明日を見ていた。
その目を見て、ようやく僕の中で覚悟が決まった気がした。
「天吹さん、ありがとう。……俺、ちゃんと勝つよ」
そう言ったとき、彼女の表情がわずかにほころんだ。
「じゃあ、もうひと頑張りしますか!」
うん、と頷いて、僕たちは再び部室へと戻っていった。
部室に戻ると阿部先生がそこにいた。手には温かそうな缶コーヒーとお茶を持っていた。
「まだやってたのね。……本当に、熱心な生徒たちね。」
「冷えたでしょ。ちょっと休憩しなさい。」
「あ、ありがとうございます」
先生の笑顔が、いつもより優しく見えた。
「ところで竹田君、明日の“勝負”だけど……校長は本気で潰しに来ると思うわよ」
「……やっぱり、そうなんですか?」
「ええ。彼は前々から“部活動の再編”を強く進めていて、成果の見えにくい文化部は削減対象にしているの。投資部なんて、格好のターゲットよ」
「……なるほど」
だからこそ、明日の勝負は“遊び”ではない。生徒と教師、という立場でありながら、明日だけは“投資家同士”として、対等に戦う。
缶コーヒーを片手に、窓の外を見る。陽が落ちて、空がすこし群青に染まっていた。
「明日は7時半にここで集合ね。そこで投資家の動向を伺いながら方針を決めた後、市場が開く9時から午後3時までの6時間が勝負の時間となるわ」
「はい、分かりました」
明日の投資バトル、不安はある。勝てる保証なんてない。けれど、だからこそ戦う価値がある。
この部活の“意味”を、証明するために。
数式だけじゃない、”この世界の息づかい”を感じたから。
この投資の“楽しさ”を、自分自身に刻むために。
そして――
この“部活”を、守るために。
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