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Chapter.1-1:転校生、投資部と出会う

また転校だ――。春の桜が舞う中、僕は少しだけ、苛立っていた。

16歳春、転勤族である父親の影響で僕、竹田明日真たけだあすまはこの4月から都心の名門私立校である名桜学園に転校してきた。


「このご時世に転勤か……。もう少し、連れ回される家族の身にもなってほしいもんだね。」

天気は晴れ、学校へ向かう途中、僕は環境変化によるストレスからか思わず呟いてしまった。

とはいえ父の仕事が大変であり、家族を養ってくれていることを心底理解し、感謝している自分もいるのも確かだった。

家族のために頑張る父親だからこそ、このような愚痴は1人の場でしか口にしないと決めている。


家を出てから四十五分。電車に揺られること三十分、駅から歩くこと数分。

そろそろ新しい学校、名桜学園が見えてきた。


「……さて、と」

気持ちを切り替えよう。

思考のベクトルをネガティブ思考からポジティブ思考に切り替える。

今日から新学期、新しい学校、新しい友達・・・。変化のすべてが良いという訳ではないが、変化のすべてを良くする努力は大切だろう。

そんなことを考えながら、学校に到着した。

自分とは違う制服の生徒たちの横を抜け、校舎に入り、事前に連絡を頂いていた担任の先生のもとへ向かった。


職員室の前。ノックを3回し扉を開けた。


「失礼します。本日、転校してきました竹田です。阿部先生はいますでしょうか。」

声量自体はそこまで出したつもりはなかったが、元野球部だったせいか、思ったよりも声が響いてしまった。

その声に反応し優しげな笑顔の先生がこちらに歩み寄ってくる。

「竹田明日真くん、だったよね?初めまして、竹田君が転校するクラスで2年A組の担任を務めます阿部ひかりといいます。これからよろしくね。」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。」

「とりあえず事前にも連絡した通り、この後は始業式があるのだけれど、竹田君は参加しないで学校の案内を受けていただくことになります。そこから始業式が終わり次第、教室に向かいみんなの前であいさつして頂くのだけれど大丈夫かしら。」

「はい、大丈夫です。」

「元気が良くて助かるわ。そしたら時間も・・・8時30分ね・・ちょっと早いけど、案内始めましょうか。」

(助かるのは元気より、理解の早さじゃないか……)と思いつつ、口には出さず笑顔を返す。



そこから僕は阿部先生に案内されながら校内を回っていた。

教室に図書館、食堂に体育館。案内される施設はどれも整っていて、以前の学校とは比べ物にならなかった。

「最後にこれが学園の“部活棟”。名桜の部活動はここが中心になるの。竹田君も、どこか入りたい部は考えている?」

「うーん……特にまだ決めていないですね。」

以前の学校ではバリバリの野球部だったが、この転校で1年間は公式戦に出られないことが確定した僕は正直、また野球部に入りたいとは思っていなかった。

とはいえ、何もやらないというのもなんだか味気ない学生生活を送る羽目になる気がしたため何かしらの部活動には入りたい。

「何かおすすめってありますか?」

「そうねえ……生徒会は大学進学に有利だし、運動部はどこも全国クラス。文化部なら……ちょっと変わり種だけど、私が受け持つ部活の“投資部”とかがあるわ。」

「投資部……ですか?」

思わず聞き返した。高校の部活に“投資”があるとは。

「学園から割り振られる予算を使って投資をする部活よ。実際に取引をしながら株やFX、仮想通貨などで利益を生み出す勉強をするの。面白そうじゃない?」

「面白そう……かもしれないですね」

投資についての知識なんてほぼ無いに等しいが、昨今の世の中では新NISAや老後2000万円問題など投資に関する話題については関心が増えている。将来の勉強のためにもあえて部活動で学んでみるのも悪くない選択かもしれない。

それに、昔から僕は数字に関することだけは不思議と理解が早かった。野球でもデータ収集の役に立った経験がある。

アリ・・・かもしれない。


「案内はこのくらいにしておきましょうか。もうすぐ始業式も終わる時間だから、そろそろ教室に行きましょう」

投資部のことを考える僕のことは気にもしなかったのか、阿部先生は時間通りに案内を終えた。

僕は頷き、阿部先生とともに教室へと向かった。



転校もさすがに何度も経験すると、人との距離の詰め方もそれなりに慣れてくる。

みんなの前でそれなりの挨拶をし、休み時間に流行の話題が聞こえれば積極的に会話に入っていき、話を重ねた。気さくに話せる友達も出来て、本日の学校は終了した。


校内チャイムの音が鳴り響く。

放課後になった音だ。

教室の窓際、僕はぼんやりと外を眺めていた。都心の景色にはまだ慣れない。

建物がひしめき合うコンクリートの海に、ふと地元の広い空と田んぼを思い出していた。そんな時だった。


「あの、竹田明日真さん?ですよね?」

声をかけられて顔を上げると、クラスメイトであろう女子が立っていた。

腰まである綺麗な白髪、きりっとした目元。表情には好奇心が浮かんでいる。

「はい、たしかに僕は竹田ですが……?」

「あのっ、私、天吹珀てんぶき はくって言います!投資部の部長をしています!」

彼女の声はやや上ずっていたが、どこか真剣な響きも含まれていた。

投資部、今日の最後に紹介された珍しい部活動。そこの部長が何の用なのか。


「投資部...。さっき阿部先生から説明を受けたけど、実際に投資をしながら勉強する部活だよね。」

「はいっ、そうです!どうです投資部?是非、1度見学でもしませんか?」

彼女は熱く真っすぐな瞳で僕に話す。

やや距離も近い。

ただ、転入生の自分にそこまで熱心に誘ってくる部活って普通あるだろうか。

普通なら新入生であったり、仲の良い友達を誘うものだろう。

彼女の熱い誘いとは裏腹に、僕は少し冷たい感情と疑問を抱いていた。

「えーと……いきなりだけど、どうして僕を誘うの?」

「勘です!」

「……勘、ですか?」

「はいっ。なんとなく第一印象で“この人、数字に強そう”って思ったんです!」

なんだそれは、と内心ツッコミを入れながらも、僕はなぜか否定できなかった。

数字に強いかは分からない。でも、野球をやっていた時からデータから確率や計算を求めることは、少なくとも好きだった。

「それに……うちの部、今ちょっと“危機的状況”なんです」

「危機的?」

「……廃部寸前なんです」

そう言った彼女の声は、先ほどまでの元気とは打って変わって沈んでいた。

「実は投資部の部員が私一人しかいなくて・・・。今月中に最低1人でも入部させないと廃部になってしまうんです!!」

真剣なまなざしでそう語る彼女の瞳に、僕は何も言えなかった。

人数不足による廃部、きっとすでにほかの人には断られた後なのだろう、それなら、見ず知らずの転入生である僕に声をかけてきたことにも納得がいく。

これで断りもしたら、卒業するまで永遠に恨まれそうだ。


「……わかった。とりあえず見学だけでもしていいかな?」

「えっ!……もちろんです!ありがとうございます!」

ぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべる彼女の姿とは別に、僕は少しだけ投資部という部活に興味を持ち始めていた。

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