落語声劇「小言念仏」落語準拠版

落語声劇「小言念仏（こごとねんぶつ）」落語準拠版

台本化：霧夜（きりや）シオン＠吟醸亭喃咄（ぎんじょうていなんとつ）

所要時間：約２０分

必要演者数：１名

　　　　　　（０：０：１）

※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

（創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。）

●登場人物

ご隠居（いんきょ）：とあるお家のご隠居（いんきょ）。

　　　　事あるごとにお小言（こごと）を言う。

※：【注１】

　　　作中、演者はひたすら扇子（せんす）か何かでどっか硬（かた）いのを叩きながら

　　　木魚（もくぎょ）を叩く演技をしてください。

　　　時々いい具合に叩くの止めてセリフを言うと良い感じになるかもで

　　　す。

　　【注２】

　　　なみあみだぶ、のセリフは節（ふし）をつけて若干（じゃっかん）歌うようにすると

　　　良い感じになるかと思います。

枕：世の中に宗教と呼ばれるものは様々あります。

　　宗派（しゅうは）によって教義（きょうぎ）はさまざまに異（こと）なり、人はより自分の心の拠（よ）り所（どころ）に

　　しやすい宗派（しゅうは）を信仰（しんこう）するものです。

　　日本だと仏教が多いですが、信心深（しんじんぶか）い人になると毎朝お仏壇（ぶつだん）の前に

　　座り、お念仏（ねんぶつ）を唱（とな）える。

　　けど毎朝毎朝やってるとはいえ、それが本当に信心（しんじん）の深さからきてい

　　るかと言うと、人によっては決してそうではない。

　　どちらかというと、朝起きて歯を磨（みが）かないと気持ち悪いとか、朝食は

　　必ずとらないと心持ちが悪いとか、そういうものに近い心境でやって

　　るんじゃないでしょうか。

　　その証拠（しょうこ）に家（いえ）の者に小言（こごと）を言いながらお念仏を唱（とな）えるなんてとんでも

　　ない人もいるわけでして。

ご隠居：【お鈴（りん）を鳴らすＳＥあれば】

　　　　【ここから木魚（もくぎょ）を叩く動作】

　　　　ぁ、あっ、ん”ん”っ。

　　　　な～むあみだぶなむあみだぶ【×６～８くらい、ここは真面目に】

　　　　ばあさんや、おばあさんや。

　　　　ちょっとこっちへおいでよ。

　　　　何ですじゃないよ、呼ばれたら来なさいよ。

　　　　【二拍】

　　　　お仏壇（ぶつだん）をごらん、お仏壇（ぶつだん）を。

　　　　お仏壇（ぶつだん）の天井（てんじょう）をごらんってんだよ、ええ？

　　　　蜘蛛（くも）の巣が張ってるじゃないか。

　　　　ダメだよ、あんなとこに蜘蛛（くも）を住まわせといちゃ。

　　　　な～むあみだぶなむあみだぶなむあみ

　　　　綺麗（きれい）に掃除（そうじ）をしなさいってんだよ。

　　　　な～むあみだぶなむあみだぶなむあみ

　　　　蜘蛛（くも）の糸みたいでいい？

　　　　バカ言うんじゃないよ。

　　　　それに茶河（ちゃかわ）劉（りゅう）ノ助（すけ）じゃなくて芥川（あくたがわ）龍之介（りゅうのすけ）だ。

　　　　まったく…知ったかぶりのシッタカブッダなんだから困るね。

　　　　ありゃ仏様がやるから意味があるんだ。

　　　　人間が下手（へた）に真似（まね）するもんじゃない。

　　　　な～むあみだぶなむあみだぶなむあみ

　　　　あとな、お花も取っ替（か）えなさいよ。

　　　　なむあみだぶなむあみだぶなむあみ

　　　　お花取っ替（か）えなくても水だけ取っ替（か）えとくとな、

　　　　ぐーんと花持ちが違うんだから。

　　　　そんなに気になるんでしたら、ご自分でやったらどうだって？

　　　　花持ちが良くなったって、俺の態度が鼻持（はなも）ちならないと仏様だっ

　　　　て喜ばない？

　　　　なに花持ちと鼻持（はなも）ちを掛けてドヤ顔してんだ。

　　　　落語の聞きすぎだよ。

　　　　な～むあみだぶなむあみだぶなむあみ

　　　　誰だいこのお線香（せんこう）曲げて立てたのは。

　　　　お線香（せんこう）はまっつぐ立てろって何べん言わせるんだい。

　　　　わからないんだなあ。

　　　　な～むあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ

　　　　俺が偏屈（へんくつ）だからお線香（せんこう）が真似（まね）したって？

　　　　なにさりげなく亭主（ていしゅ）サゲてんだい。

　　　　まだサゲるのは早いんだよ。５分もたってないじゃないか。

　　　　そんな事よりこっち見なさいよ。

　　　　お線香（せんこう）曲げて立てるから、周りが灰だらけだ。

　　　　たまにはお線香立（せんこうた）て掃除（そうじ）して、灰をふるいに掛けたらどうだって

　　　　んだい、ええ？

　　　　な～むあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ

　　　　なに、ふるいに掛けたって古い灰しか残らない？

　　　　新しい灰が全部落ちて”新灰（しんぱい）（心配）”無い？

　　　　だから落語にかぶれてるんじゃないよ。

　　　　見ろ、お線香（せんこう）よりマッチ棒のが余計に立ってんじゃないか。

　　　　マッチの棒立ててたって、仏様喜びゃしないよ。

　　　　な～むあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ

　　　　マッチ棒の卒塔婆（そとば）の山って、何うまい事言ったつもりになってる

　　　　んだよ。

　　　　まったく……

　　　　はぁー、なむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ。

　　　　なんだい、もうお供物（くもつ）さげちゃったのかおい。

　　　　上げるより下げるほうのが早いんだなこのうちは。

　　　　みーんな生き仏（ぼとけ）が食っちまうんだろ。

　　　　なーむあみだぶなむあみだぶなむあみ

　　　　乗せといたの、アレぁちょっと良い餅菓子（もちがし）だったんだよ？

　　　　みんな食っちまう奴があるかい。

　　　　俺だってちょいと目を付けてて楽しみにしてたんだよ。

　　　　一つくらい残してくれたって良さそうなもんだ。

　　　　な～むなむなむあみだぶなむあみだぶなむあみ

　　　　おーい子供起こして学校にやらないと遅くなるぞー。

　　　　なに、開校記念日で休み？

　　　　あ、そう…。

　　　　なむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶなむなむ

　　　　おい鉄瓶（てつびん）が滾（たぎ）ってるぞ。

　　　　【二拍】

　　　　鉄瓶（てつびん）が滾（たぎ）ってるってんだよ。

　　　　【二拍】

　　　　おぉい鉄瓶（てつびん）の蓋（ふた）がさっきからパックンパックンパックンパックン

　　　　言ってんのがわからねえのかい！

　　　　鉄（てつ）　瓶（びん）！

　　　　蓋（ふた）きらねえと噴（ふ）きこぼれるぞ。

　　　　なむあみだぶなむあみだぶ

　　　　なに、一旦（いったん）お念仏（ねんぶつ）止めて自分でやれ？

　　　　いったん始めたら最後まで止めない事にしてるんだよ。

　　　　いいから早く鉄瓶（てつびん）なんとかしなさい。

　　　　な～むあみだぶなむ

　　　　あみだぶなむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ

　　　　飯（めし）が焦げくせえぞー。

　　　　【二拍】

　　　　飯（めし）が焦げくせえってんだよ！

　　　　なに、お隣？

　　　　お隣だって飯（めし）が焦げていいわけないだろ。

　　　　教えてやんなさい、まだ若夫婦（わかふうふ）なんだから。

　　　　な～むあみだぶなむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ

　　　　なむなむなむあみだぶ

　　　　赤ん坊が這（は）って来たぞー。

　　　　【一拍】

　　　　赤ん坊がこっち這（は）って来たよ。

　　　　なむあみだぶなむあみだぶなむあみ

　　　　赤んぼそっちへ連れてけ。

　　　　赤んぼそっちへ連れてけってんだよ、

　　　　お念仏（ねんぶつ）の邪魔になるじゃないか。

　　　　な～むあみだぶなむあみだぶなむあみ

　　　　いいから赤ん坊連れてけって！

　　　　俺のツラぁのぞき込んで変な顔してんだよ。

　　　　なむなむなむあみだぶなむあみだぶ

　　　　【赤ん坊に】

　　　　…ばぁ。

　　　　なむあみだぶなむなむ

　　　　赤ん坊がなんか考えてるから気を付けろー。

　　　　首かしげたまんま動かなくなっちゃったんだよ。

　　　　何でしょうじゃないよ、こっち来てごらんこっち。

　　　　ちょっとこっち来て、赤ん坊そーっと持ち上げて、そーっと。

　　　　あーぁ、やっちゃったよこらぁな。

　　　　しょうがないんだよ、赤ん坊なんだから。

　　　　いいからその鉄瓶（てつびん）の湯こっち持ってきて、

　　　　畳（たたみ）こぼしてぼろっ切れ持ってきて拭（ふ）きなさい。

　　　　早く、鉄瓶（てつびん）の湯をじかに畳（たたみ）へこぼしていいから、

　　　　ぼろっ切れ持ってきて拭（ふ）きなさい！

　　　　あ～みだぶなむあみだぶなむあみだぶなむなむ

　　　　畳（たたみ）の目なりに拭（ふ）くんだよ。

　　　　な～むあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ

　　　　なんだようるさいね。

　　　　あのね、人がお念仏（ねんぶつ）あげてるとこで話しかけんじゃないよ。

　　　　そんなことされたら、信心（しんじん）に身（み）が入らないだろ。

　　　　なむあみだぶなむあみだぶなむなむなむあみ

　　　　お付けの実（み）なに入れましょう？

　　　　そんなものはね、ゆんべのうちに考えて支度（したく）して、

　　　　それから寝るんだ。

　　　　今頃（いまごろ）になって考えてる奴があるかよ。

　　　　内職（ないしょく）で夜更（よふ）かし？午前様（ごぜんさま）？

　　　　そんなツラかよ。しわくちゃ梅干し顔（がお）じゃないか。

　　　　お芋（いも）ってお前、そんなもの慌てて入れたってな、胸が焼けて

　　　　屁（へ）ばかり出るじゃないか。

　　　　お、表（おもて）をドジョウ屋が通るから呼べ、あれ入れっから。

　　　　な～むあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ

　　　　ドジョウ屋を入れるんじゃない、

　　　　ドジョウを入れるんだよ、何言ってんだい、バカだな。

　　　　早く呼ばないと、ドジョウ屋むこう行っちゃうぞ。

　　　　なむあみだぶなむあみだぶなむなむ

　　　　あのな、もっと大きい声で呼ばないからドジョウ屋に聞こえない

　　　　んだよ。

　　　　なむなむあみ

　　　　ほら、早く呼ばないとドジョウ屋がむこうっ、

　　　　ドジョウ屋ぁぁーーーーーーーーい！！！！！

　　　　なむあみだぶなむあみだぶ

　　　　ドジョウ屋ぁぁーーーーーーーーい！！！！！

　　　　なむなむあみなむあみだぶ

　　　　なむあみだーーーーーーーーい！！！！！

　　　　【なむあみ～と同じリズムで】

　　　　どじょやのどじょがの——あべこべになっちゃったよこれ。

　　　　ぁ～こっちこっち。

　　　　細（こま）っかいとこはいいんだ、柳（やなぎ）っ葉（ぱ）ってぇとこの、うん。

　　　　値段いくらか聞いてごらん、値段。

　　　　なむなむあみあみなむあみ

　　　　１２銭？　高（たけ）ぇぞ１２銭は。

　　　　２銭まけろ！

　　　　なむなむあみだぶあみあみ

　　　　？どした？

　　　　すぐまけた？

　　　　ぁ～惜（お）しい事したな、もう１銭（せん）値切（ねぎ）っときゃ良かったなこらぁ。

　　　　んな～むな～むなむあみ

　　　　【声を落として】

　　　　ほらほらほらぼんやりしてっちゃダメだよぼんやりしてちゃ。

　　　　ぼんやりしてっちゃだめだよって！

　　　　ドジョウ屋がむこう向いてる隙（すき）に、２～３匹つかみ込め。

　　　　な～むあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ

　　　　なに、鬼（おに）の空念仏（そらねんぶつ）？

　　　　お前は何にも知らないんだね。

　　　　それは鬼がそら、念仏を唱えるぞ、と掛（か）け声を上げた事から

　　　　できた言葉なんだ。

　　　　なむなむあみあみだぶだぶ

　　　　いいから、お代払ったらドジョウ持ってこっち来なさい。

　　　　ザル入れたってダメだよ、鍋（なべ）に入れるんだ鍋（なべ）に。

　　　　鍋（なべ）入れてね、蓋（ふた）して隙間（すきま）から酒注（さけつ）ぎこむんだよ。

　　　　そうするとドジョウが酒吸（さけす）いこんで美味（うま）くなるんだ。

　　　　んな～むあみだぶなむあみだぶ

　　　　どうだー、ドジョウ苦しがって暴れてんだろー。

　　　　えっ、平気な顔して泳いでる？

　　　　ドジョウの呑（の）んべえなんざいてたまるかよ。

　　　　…酒薄いんじゃねえのかそれ。

　　　　そのまま火（ひ）ぃ掛けちまえ。

　　　　ドジョウがバタバタ暴れて鍋（なべ）から飛び出すといけねえから、

　　　　鍋（なべ）の蓋（ふた）ァしっかり押さえてろー。

　　　　な～むあみだぶなむあみだぶなむあみ

　　　　え、ゴトゴトゴトゴト言ってる？

　　　　おぉ聞こえる。

　　　　そらァドジョウが苦しがって暴れてんだよ、ええ？

　　　　へへへ面白（おもしれ）ぇなぁ。

　　　　な～むあみだぶなむあみだぶなむあみだぶなむあみ

　　　　…だいぶ静かになったな、蓋（ふた）取ってみろ。

　　　　なに、腹ァ出してみんな浮いちゃった？

　　　　はははは、ざまあみろィ。

　　　　な～むあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ

　　　　はぁ、ドジョウの供養（くよう）になっちゃったなこりゃ。

終劇

参考にした落語口演の噺家演者様等（敬称略）

柳家小三治（十代目）