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22 アリシアのために

 部屋を出たフレンは、ドアに背中をもたれかけ腕を組み、静かに目を閉じた。少し経って、部屋の中から何やらいやらしい音がし始める。


「あっ、ああっ、フレデリック様……んっ、んあっ」


 アリシアの悩まし気な声まで聞こえてきて、フレンは盛大に顔を顰めた。


(この部屋、防音対策をしていない部屋なのか)


 チッと舌打ちをしてフレンは部屋に防音魔法を施す。すると部屋からは一切何の音も聞こえなくなった。


(アリシアのあんな声、誰にも聞かせたくない)


 アリシアの悩まし気な声を聴いてしまったがゆえに、先程までのアリシアの表情や姿を思い出して下半身に熱がこもる。部屋の中にいるフレデリックとアリシアの行為が勝手に頭に思い浮かんでしまい、フレンは大きくため息をついた。





 メリッサに腕をひかれホールの真ん中付近まで来た時、フレデリックがふとアリシアの方を見るとアリシアが胸を掴んでうつむいている。フレンを見ると、逼迫した顔で何かを伝えようとしていた。だが、メリッサに遮断され、そのままダンスが始まってしまった。


「アリシア……!」

「フレデリック様、今は私とのダンスを楽しんでください」


 そう言ってメリッサは嬉しそうにダンスを踊る。


「またこうしてフレデリック様とダンスを踊れてうれしいです」

「また?」

「覚えていないのですか?私が社交界デビューした日にたくさんの令息に取り囲まれて困っている時、フレデリック様が一緒に踊りましょうと助けてくださったんですよ。本当に嬉しかった。あの日からずっとフレデリック様は私の王子様なんです」


 うっとりとした顔でメリッサは言うが、フレデリックはその日のことをほとんど覚えていなかった。


「悪いが、覚えていない。きっとアリシアの妹が困っているからと思って声をかけたんだと思う。そうでなければアリシア以外の女性に自分から声をかけるなんてことはしないからね」

「……フレデリック様は本当にお姉さまのことしか頭にないのね。でも、そんなお姉さまが他の男と体を重ねたとしたら、さすがのフレデリック様もお嫌でしょう?」

「は?」


 メリッサの突然の発言に、フレデリックは冷たい瞳でメリッサを見下ろす。だが、メリッサはひるむことなく微笑みながら言葉を繋げた。


「さっきお姉さまに渡した飲み物に、媚薬を入れておいたの。今お姉さまと一緒にいるのはフレン様でしょう。媚薬でトロトロになったお姉さまを前にして、フレン様が理性を保っていられるとは思えないもの」


 踊りながら嬉しそうにそう言うメリッサを、フレデリックは唖然として見つめた。


「そうなったら、フレデリック様もさすがにお姉さまと婚約を解消なさるでしょ?しなくても、私がお姉さまとフレン様の関係を広めてしまえば、ね。解消せざるを得なくなると思うの」

「その減らず口を今すぐ止めろ」


 フレデリックはそう言って、ダンスを踊りながら少しずつホールの中央から逸れ始めた。そして、人気のない壁際まで到達すると、ダンスを止めた。


「いいか、アリシアの妹だからホールの真ん中に放置することはしない。アリシアに迷惑がかかるようなことだけは避けたいからな。だが、お前はしてはいけないことをした。いいか、二度と俺とフレンの前に姿を現すな。お前がアリシアの妹でなければ、どんな手を使ってでも殺していたぞ」


 地を這うようなドスの効いた声で、フレデリックは言い放つ。メリッサを見下ろす顔は夜叉のように恐ろしく、メリッサはひっと小さく悲鳴をあげた。


 その場にメリッサを放置して、フレデリックは急いでアリシアを探しに屋敷内を駆け回ったのだった。





「フレ、デリック、様……苦し、いの、お願い、助け、て」


(この状況でよく耐えられたな、あの男。耐えていなかったらそれはそれでもちろん許さないけど)


 潤んだ瞳を向けられ、はあはあと荒い息遣いでそう言われたフレデリックは、もはや一刻も猶予もない理性をギリギリで保っていた。

 アリシアを楽にするのは自分ではなくフレデリックだと言ったフレンを、珍しくほめてやりたいくらいだ。それほどまでに、今のアリシアの姿は煽情的かつ魅力的で欲をそそる。


「アリシア、すぐに楽にしてあげるよ。大丈夫だ、俺に全てを委ねて」


 そう言って、フレデリックはアリシアに口づける。唇が触れ合った瞬間、アリシアの体がビクッと震え、口から吐息が漏れた。角度を変えて何度も口づけると、アリシアから吐息と声が漏れる。唇を離すと、潤んだ瞳で荒く息を吐き、蕩けた顔をしたアリシアがいる。その顔を見た瞬間、フレデリックは襲い掛かりたい衝動にかられるがギュッと目を瞑って堪えた。


(これは俺のためじゃない、アリシアのためだ)


 欲望のままに襲ってしまいたい気持ちを抑えながら、フレデリックはまたアリシアに口づける。先ほどとは違うねっとりとした熱い口づけをしながら、フレデリックはゆっくりとアリシアの体に手を伸ばした。





 フレンが部屋を出てからどのくらい経っただろうか。ガチャリ、とドアが開いたのでフレンが振り返ると、ドアの間からフレデリックが見える。


(とんだ色気だな)


 フレデリックからは色気がむんむんと漏れ出ており、部屋の中からほのかに甘美な香りがする。その香りに思わずフレンは目を瞑って眉を顰め、静かにため息をつき、部屋の中へ入った。ベッドには気を失ったのであろうアリシアが横たわっている。ドレスは脱がされ、スリップ姿になっている。アリシアの胸元に赤い小さな花のような跡がいくつも咲いているのを見つけ、フレンは苦笑した。


「終わったのか」

「ああ」

「最後までしたのか」

「するわけないだろ。こんな状態のアリシアにがっつくなんて俺自身が許せない。手と口だけでなんとか終わらせた」

「上出来だな」


 ポンとフレデリックの肩に手を置き、フレンはそっとフレデリックの下半身に視線を送る。そこにはフレデリックのそれが、ズボンの布越しに窮屈だと言わんばかりに自己主張していた。


「お前、大丈夫なのか」

「問題ない、アリシアが気を失ってから自分で処理した」

「処理してなおそれか。難儀なこったな」

「仕方ないだろ。あんたこそ大丈夫なのかよ」

「さっきまでおさまってたんだが、お前の様子とこの部屋の匂い、極めつけはアリシアを見て駄目になったな。まあすぐに落ち着くさ」


 フレデリックもフレンの下半身に視線を送り、お互いに大きくため息をつく。


「屋敷へ戻ろう。この屋敷の主には適当な理由をつけて言っておく」

「ああ、頼む」


 フレデリックはアリシアを起こさないように注意しながらなんとかドレスを着せ、ソファにかかっていたブランケットでアリシアを優しく包み、横抱きにして持ち上げた。

 

「なるべく人気のない廊下を歩いて行けよ、馬車で落ち合おう」

「ああ」


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