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2 未来の夫

(未来の、夫……?)


 目の前の男の言葉に、アリシアは心底不思議そうな顔をした。この男は一体何を言っているのだろうか。倒れたときに頭を打ったのだろうか、それとも新手の詐欺か何かか。


「あの、おっしゃっている意味がわかりません。もし頭を打たれたようであれば、お医者様をおよびしますね」


 医者を呼びにいく振りをして通報しよう。最近は貴族を狙った詐欺集団が増えていると聞く、この男もその一人なのかもしれない。アリシアは急いで席を立ち、部屋を出ようとする。だが、席を立った瞬間、手首をグイっと掴まれた。


「行かないでくれ。信じられないのはわかる。こいつは一体何を言っているんだと思ってるんだろ?そう思われて当然だ、だけど、どうか今から言う話を聞いてほしい。頼む、この通りだ」


 フレデリックは、懇願するような顔で必死に訴えかけてくる。その顔はこれから人を騙すようには到底見えない。


(う……、信じるわけではないのよ。そう、信じるわけではないけれど、一応話を聞いてみるだけ。ここは屋敷内だし、すぐに誰かを呼ぶことだってできるのだから)


 アリシアは警戒しつつもまた椅子に座る。フレデリックはホッとしたようにアリシアを見るが、掴んだ手を離そうとはしない。


「あの、話をお聞きしますからこれを離していただけますか?」

「駄目だ、また逃げようとするかもしれないだろ」


 フレデリックは真剣な顔でそう言った。手を掴んではいるが、アリシアの手首が痛くならないように優しく掴んでいる。だが掴まれた箇所はフレデリックの手の熱が伝わって熱い。家族以外の男に触れられたことのないアリシアはその手の感触に戸惑い、胸がドキドキしてしまう。


(は、離してくれないと困る!なんだかすごく恥ずかしいし、このままだと顔が赤くなってしまうわ……)


フレデリックに悟られないように冷静を装いながら、アリシアはなるべく落ち着いた声になるように気を付けながら声を発した。


「……離してくださらないなら、今ここで大声を出して人を呼びますよ?」


 アリシアがそう脅すと、フレデリックはしぶしぶ掴んでいた手を離した。ホッとしながら離された手首をもう片方の手でさすると、フレデリックはそれを見て心配そうに聞いた。


「……もしかして、痛かったか?すまない、痛くするつもりはなかったんだが」


 しゅん、と悲し気にそう言ってアリシアを心配そうに見つめる。その瞳は本当に大切なものを心配するような情のこもった瞳で、アリシアは思わずまた心臓が高鳴ってしまう。


(そ、そんな目で見つめるなんてどういうつもりなの?どうして初対面の人間にここまで優しくできるのかしら……助けてもらったから?それともやっぱりだまそうとしているのかしら?)


「だ、大丈夫です。痛くはありません」

「そうか、よかった」


 アリシアの返事にフレデリックは心底嬉しそうに微笑んだ。その微笑みを見て、アリシアは今度こそ本当に自分の熱が顔に一気に集中するのがわかった。


(な、そ、そんな笑顔を向けるなんて、反則……!)


 顔を真っ赤にして見つめてくるアリシアを、フレデリックは驚いた顔で見つめ、片手で口元を覆う。


「そんな、うぶな反応しないでくれよ……俺まで恥ずかしくなる」


 そう呟くが、声が小さすぎてその言葉はアリシアには届いていない。

 こほん、と咳払いをして、フレデリックはアリシアを見て話し始めた。


「俺は十九歳の時に君と婚約し、二十歳で結婚した。俺は騎士として国に仕え働き、結婚してから八年後、俺は何者かに襲われて刺された。そして命を落とした、はずだった」


 訝しげにフレデリックの話を聞いていたアリシアだったが、最後の言葉に驚きフレデリックを見つめる。


「気づいた時には体から大量の血が流れ出し瀕死の状態だった。意識が遠くなりながらもうだめた、せめてアリシアにもう一度会いたい、どうしても会いたいと強く思ったんだ。そうして気づいたらここにいて、君と出会った」


 アリシアを見つめるその瞳にはひとつも曇りがなく、澄んでいる。全くもって信じられない話だが、嘘をついているようにはどうしても思えなかった。


「こんなこと言われても信じられないだろうけど、真実なんだ。……そうだな、信じてもらうためにアリシアの好きなもの、嫌いなもの、俺とアリシア、家族しか知らないことを話そうか」


 そうして、フレデリックはアリシアについて次々と話をする。さらにはアリシアと家族しか知らないようなことまでも話はじめ、その内容にアリシアは目を丸くして赤面していった。


(な、な、な、なんで?どうして私の腰にある星座のようなホクロのことまで知っているの!?家族や乳母、メイド以外知らないはずなのに!)


 アリシアの様子に、フレデリックはニヤリと笑ってとどめをさす。


「どうやら信じてもらえそうだな。あとは俺がアリシアの未来の夫だという証拠だが……そうだな、近いうちに君は父上から縁談の話をされる。その相手は侯爵家の次男で、見た目は黒髪にアパタイト色の瞳の男だ。見た目はまぁ、悪くないだろ。同じ学校に通っていたが、学年が違うからほとんど接点はなかったな。廊下ですれ違ったり、たまに話をしたことはある。名前はフレデリック・ヴァイダー。つまり、若い頃の俺だ」


 真剣な顔でフレデリックが言うと、アリアは唖然とした顔でフレデリックを見つめている。


(この人が、私の未来の夫……?ありえない、そんなことありえないのに、どうしてだろう、絶対に嘘だとは思えない)


 どう考えてもそんなことありえないはずなのに、嫌に信憑性がある。しかもこの男、自分の腰のホクロのことまで知っているのだ。信じたくないのに拒否できない自分がいる。



 アリシアは混乱してしまいどう返事をしていいものか考えあぐねいていると、コンコンと部屋の扉がノックされた。


「お嬢様、旦那様がお呼びです」




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