13 話
フレンとフレデリックが部屋を出てから、アリシアはしばらく呆然としていた。フレンに抱きしめられてただでさえ混乱しているのに、さらにフレデリックにまで抱きしめられてアリシアの心臓はずっとドキドキと鳴り止まない。
フレンもフレデリックも同一人物だ。同一人物なのにアリシアをめぐって牽制し合い、時に相手へ嫉妬するかのような言動や行動をとる。アリシアにとってはただただどうしていいかわからない。
アリシアはそっと自分の腕を両手で包み込む。まるでさっきまで二人に抱きしめられていた感触が生々しく残っているようだ。フレンの熟練の騎士としてのしっかりとした体つき、反対にフレデリックのまだ騎士に成り立てだがそれでも十分男らしい体つき。フレンとフレデリックのそれぞれが纏う香りも思い出されて、アリシアの顔に熱が集中していく。
(どうしてあんな……フレン様もだけど、フレデリック様だって急すぎるわ)
ほうっとため息をついてアリシアはソファにぽすんと腰をかけた。フレンがやってきてから毎日が目まぐるしく過ぎていく。もしもフレンが現れなければ、自分とフレデリックはまた違った関係性だっただろうか?婚約者になるのは間違いないにしても、婚約者になってから親しくなるまでこんなにも急展開にはならなかったのではないだろうか。
そこまで考えて、アリシアは頭をブンブンと大きく振った。
(そんな風に思ってしまうのは、フレン様に対して失礼よね。フレン様だってどうしてこの時代に来てしまったのかわからないのだし。……この時代に来る寸前には死にそうになっていたとおっしゃっていたんだもの)
死ぬ間際に、アリシアに会いたいと強く願ったらここに来ていたとも言っていた。だとすれば、未来のフレンは未来のアリシアのことを本当に愛しているのだろう。そして、それは未来のアリシアもフレンのことを愛しているからこそなのかもしれない。
(未来の私たちが愛し合っているということは、フレデリック様と私もこれからきっともっと仲良くなっていける、はずなのよね?)
メリッサと二人きりで話をしに行った後、ユーリの前でアリシアだけを愛すると宣言したフレデリックのことを思い出してアリシアは胸がぎゅっとなる。不安に思う気持ちと信じていいのだという気持ちがせめぎ合い、胸が押しつぶされそうだった。
(どうしてこんな気持ちになるの。これも、フレン様がいるから?フレン様がもしいなかったらこんな気持ちにはならなかったのかしら……)
アリシアが思い悩んでいると、コンコン、とドアがノックされて、フレデリックの声がした。
「アリシア、入ってもいいかな?」
「はい、どうぞ」
アリシアが返事をすると、フレデリックがゆっくりと部屋に入ってくる。
「フレン様とのお話は終わったんですか?」
「うん。それで、アリシアとちゃんと話をしたいと思って。メリッサのこと、気にしているんだよね」
アリシアの横に静かに座り、フレデリックは優しく微笑みながらアリシアの瞳を覗き込む。
「はい……」
「本当は、アリシアとメリッサの仲が悪くなったら嫌だと思って言わないつもりだったんだ。でも、フレンにアリシアを不安にさせるなって厳しく言われた。その通りだよね、俺が一番大切なのはアリシアで、そのアリシアを不安にさせるのは間違ってる。だから、ちゃんと話すよ」
そう言って、フレンはアリシアを真剣な眼差しで見つめた。
「メリッサがあの時俺に耳打ちしたのは、アリシアのことでどうしても話しておきたいことがある、という言葉だった。アリシアの前ではとても話すことはできない内容だと。でも、いざ話を聞きに行ってみればアリシアの話は何もなくて、どうして婚約相手がアリシアなんだ、どうして自分ではないのだと責められたんだ」
アリシアは驚いてフレデリックを見つめる。
「俺は、ちゃんと自分の意志でアリシアを選んだ、メリッサを選ぶことはないとはっきり伝えた。そしたら黙りこんでいたけど、すぐにわかりましたと笑顔で言ったんだ。あまりにも清々しいほどの笑顔で、怖いくらいだったよ。俺は正直言ってメリッサをあまり好ましく思わない。でも、アリシアの妹だし、二人は別に仲が悪いわけではないだろ?だからこのことは話さないほうがいいだろうと思ってたんだ。ごめん」
そう言って深々とお辞儀をするフレデリック。アリシアは、ただただ驚いてフレデリックを見つめていたが、ハッと我に返った。
「そんな、顔を上げてください。よくわかりました、フレデリック様は私とメリッサのことを思ってあえて言わないようにしてくださってたのですよね。それなのに私ったら……」
(一人で勝手に悩み、勝手に不安になってフレデリックとフレンを困らせてしまった……)
「すみません。そんなこととは知らずに、フレデリック様に嫌な気持ちをさせてしまって」
「そんなことない、嫌な気持ちをさせてしまったのは俺の方だよ」
そう言ってフレデリックはそっとアリシアの頬に手を伸ばした。
「不安にさせたせいで、フレンにあんなことを……本当にごめん」
その言葉に、アリシアはフレンに抱きしめられたことを思い出し顔に熱が集中してしまう。そんなアリシアを見て、フレデリックは眉間に皺を寄せた。
「あいつに抱きしめられたことを思い出して、そんな顔をしてるの?」
「えっ」
「あいつのせいでそんな顔になるのはムカつくな。俺を思ってそうなってくれるなら嬉しいけど」
ムッとしながらフレンはアリシアの頬に手を添える。フレデリックの手の感触に、アリシアの胸は急激に高鳴っていく。
(そんな顔って、一体どんな……)
「フレン様はフレデリック様の未来の姿なのですよね?」
「でも、今のアリシアの婚約者は俺だよ。あんな奴のことじゃなくて、俺を見て、俺を感じてほしい」
そっとアリシアに顔を近づけ、耳元でそっと囁く。フレデリックの良く通る心地よい声に胸がドクンと大きく跳ね上がった。
静かにアリシアから離れ、アリシアの顔を見ると、フレデリックは満足そうな笑みを浮かべる。
「よかった、今は俺のことでそんな顔になってくれてるんだよね」
(そんな顔って、だから一体、私はどんな顔になってしまっているの?)
両手で頬を覆うアリシアを見て、フレデリックはずっと嬉しそうに微笑んでいた。




