便利屋ピッケル
「お客さんは、来た?ピッケル」
ニーチェが心配そうに僕の顔を覗き込む。
「昨日も今日もまだ1人もこないよ」
結局、プチンが支援してくれて冒険者ギルド内に即席の便利屋ブースを作ってもらえることになった。
それで3日前、ささやかに開店した。
まだ街には、出店できなかった。
商業ギルドのギルドマスターゴーヨンは、慎重な人物で、得体の知れない商売では、商業ギルドに入れられないと言ってきたからだ。
そうだよな。訳わかんないよね。
自分でさえ何を売ったらいいか分からないんだ。ゴーヨンの言い分も正しいと言わざるを得ない。
ありがたいことに、プチンが身内なんだから遠慮するなと言って、挑戦の機会をくれた。このチャンスを活かせるように頑張ろう。
お店の名前もちゃんと考えないとな。
便利屋
なんだか曖昧で、何ができるところか分かりにくいよな。
自分にマーケティングやビジネスの素養があればよかったけど。
ないものは仕方がない。試行錯誤してやってみよう。
「じゃあ、あたしは、ギルドの受付にいるね。便利屋のお客になりそうな人がいたら、紹介するわ。クリーニング、伝言、荷物持ち、配送だったわね」
「ありがとう、ニーチェ」
どれもまだこの世界になかったサービスだ。
だから、目に見える需要がない。
元の世界から考えれば巨大な産業にまで発展するような普遍的なニーズがあるはずだけど、誰もまだそのことを知らない。
でも、3日も誰もこないと、さすがに心が折れそうになる。
知り合いさえ来てくれない。ターニュも遠征に出て帰ってこないし。すぐ疲れるくせに、大丈夫かな。
ガブルも仕事が忙しいみたいだ。
知り合いと言ってもまだ、数えるほどしかいない。
金なし、コネなし、アイディアなし。
はぁ。誰もこないなぁ。
隣ではアシュリから送られてきた草木の魔法の古文書の解読をミニゴーレムがルーマンとやっている。
残念ながらヴィラナがやり方が載っている本ではないみたいだ。
ヴィラナ、いいな。カリンが羨ましい。
ありがたいのは、カリンが賛同して、応援してくれていることだ。
昨日の筆談は、盛り上がった。
驚いたことに、カリンがマツモトの町外れに家を建てて炎犬を飼い始めた。
そして、マツモトの冒険者ギルドの受付を始めた。
それから、カリンのアイディアでカリンが魔法で作ったキキリ、ファイ、アインをアレイオスで販売し始めた。
これが順調に売れ始めている。
もうわざわざ畑を耕してキキリを育てる必要がないのだ。
パスカル村でカリンと魔草畑を耕してキキリを育てた修行が懐かしい。
それと古文書をルーマンの力を借りて翻訳することもできる。これはプチンにリノスの学者に需要がないか聞いてもらっている。
リノスのものでアレイオスやマツモトに売れるものはないか色々考えているところだ。
まだ商売は始まったばかり。
そうそう。アレイオスは、アシュリとケルベウスの活躍のおかげで戦乱に巻き込まれるのを免れた。ザーシル王が蛮勇王ガラガラと同士討ちになったらしいけど、詳しいことはわからない。
賢王パピペコがアレイオスに来て、統一国家建設に向けて話し合いがあるらしい。
アレイオスで魔草が売れるから、今のところ冒険者ギルド内のブースの使用料が払える。
カリンのアイディアさまさま。まるで僕は、カリンのヒモのようになってしまっている。
ヒモのついでに、リノスで部屋を借りることにした。
いつまでも冒険者ギルドに泊まっているわけにはいかない。
部屋探しは、顔が広いガブルが助けてくれた。
リノスの端っこの、小さいけど1人住まいにはちょうどいい広さの家だ。
元の世界の家に比べたら立派なくらい。僕には、これで充分だ。
もう少し落ち着いたら街中に土地を買って自宅兼店舗を探そう。
魔法のおかげで水にも、火にも灯りにも困らない。
はぁ。それにしてもお客さん、誰も来ないなぁ。何かを変えていかないと。
ミニゴーレムが解読した草木の魔法の古文書を読む。アシュリの研究のお手伝いだ。
これはこれで面白い。キュアより上位の回復魔法か。
ふむふむ。
かなり魔力量がいりそうだ。今の僕にできるだろうか。いきなり試すのは、かなり危険だな。
「ピッケル!相変わらず暇そうね。本を読んでるくらいなら客引きでもしたら?」
ギルドに帰ってきたターニュが冷やかしにやってきた。
でも、誰にも話しかけられないよりずっといい。
ありがとう、ターニュ。
「おかえり。ターニュ。お疲れ様。今日も頑張ったみたいだね。会いにきてくれて嬉しいよ」
ターニュが顔を真っ赤にして、はにかむ。すぐに照れるところが可愛いな。
「ふん!やっとあたしのありがたさが分かってきたみたいね!
ちょうどいいわ!あたし、飛竜のダンジョンにから帰ってきてクタクタなの!服も飛竜の血で汚れちゃったしね」
お!もしかして!ターニュが初めてのお客さんに?!
「い、いらっしゃいませ!
なんでもします!」
「な、なんでも?!」
やばい。焦りすぎだ。
「あ、いや、そのクリーニングとか、疲労回復とか。。。」
「そうね。クリーニングと疲れをとってもらおうかしら。いくら?」
「全身クリーニング5000パル、疲労回復5000パルで1万パルだよ」
値決めは、プチンに手伝ってもらった。最初はもっと安くてもいいと思ったんだけど。1パルがだいたい1円くらいの感覚だ。高すぎないかな。。。
「え?安い!そんな値段でいいの?
冒険者は結構稼ぎがいいし、高額の装備をしているから。新品同然に戻るなら、5万パルでも安いくらいよ。あまりお金をかけていないあたしの装備でも100万パルするのよ?」
そうなのか。
「値決めは、プチンにしてもらったんだけど。もっと高い方がいいかな?」
「さぁ。思ったことを言っただけよ。
どっちにしても、あたしには安くしてよね。今日は、1万パルね。あたしにはずっと1万パルにしてね」
どっちなんだ。高くしろとか、安くしろとか。
でも、嬉しい。初めてのお客さん。この日のことを僕はずっと忘れないだろう。
「キュア!!!」
心を込めて、ターニュにキュアをかける。これなら装備を修理とクリーニング、身体の疲労回復を一気にできる。
キラキラした緑色の光がターニュを包み込む。
「わぁ!すごい!装備も新品同様だわ!疲れもとれた!」
大きなターニュの喜びの声がギルドの中に響き渡る。
それから慌てたようにターニュが顔をしかめた。
「あれ?」
どうしよう、うまくいかなかったかな。
ターニュが小さな手鏡を取り出して、自分の顔を念入りに確認し始めた。
「は、肌もしっとりモチモチ!綺麗になってるわ!しわやくすみも無くなってる!」
さっきの倍くらいの大声だ。
そう言えば、アレイオスの人たちは、日常的にキュールやキュアに接しているから、みんな美肌が当たり前だったな。
キュールはそれほどでもないけど、キュアにもなると美肌効果は絶大だ。
「喜んでくれてよかったよ。いつも綺麗だけど、さらに美しくなったよ」
「な、なによ!そんなに褒めて、何もでないわよ。やめてよ、むずかゆいから」
なんだかんだで嬉しそうだ。
「あれはない?」
「あれ??」
なんだろう。
「あたしの好きなものくらい覚えてないの?はぁ。そういうところはダメね」
いきなりダメ出し。
あっ、そうか。
「コッペリームならあるよ。値段はまだつけてないんだけど」
「わかってるじゃない!値段はあたしが決めてあげるわ。
800パルね、いや、あの美味しさは1500パルでも安い。
んー!今コインが900パルしかないから、900パルね!」
て、適当だな。でも、いつでも小銭で買えるくらいがいい。仕入れが500オク。パルでもだいたい500くらいだ。よし、決めた。
「それでいいよ。はい、どうぞ召し上がれ」
「あ、あたしが決めたんだからね!感謝しないよ!
これこれ!これよ!これが食べたくてピッケルに会いにきたのよ」
おいおい。コッペリーム目当てだったのか。
それでもいい。なんでもいい。
やっとお店が始まった気がする。
「おかわり!」
ええ?
「今日は一個しかないんだよ。まだ売るかも決めてなかったし」
「ピッケルって、商売のセンスゼロね。まぁいいわ。ちゃんと用意しておいてね。明日も来るから!」
明日も!
「あ、ありがとう。わかった。用意しておくよ」
「やったー!明日も食べれる!」
ふふんと上機嫌で帰っていった。元気になった姿を見て、こっちまで嬉しくなる。
商売っていうのは、人を笑顔にするんだな。
まだ右も左もわからない素人だけど、少しずつ良くしていこう。
やったー!!!
売れた!早くカリンに伝えたい。アシュリとも話せるかな。
今日は、記念すべき日だ!




