炎犬を探しに
「さぁ、いきましょう」
いつもより堅苦しい服を着たショータがためらいなく森に向かって歩いていく。
きっと正装なんだろう。街の支配者に会うということだから。
そういう私も街の服屋でかしこまった時に着る服を選んでもらった。
ドレス、なのかな?ちょっと露出が多いのが恥ずかしい。
「ちょっと待って!森って大丈夫?魔獣とかいないの?」
「僕は、魔獣の森をいくつも越えてマツモトまで自力でやってきたんだよ?冒険者のA級は余裕なんだ。
それに、この辺りの森は、D級でも倒せる弱い魔獣しか出なくてさ。
街の人も元々強いから、それくらいなら倒せちゃうんだ。
それもあって冒険者ギルドに依頼が少ないんだよね」
そうなのか。D級でも倒せる。それなら確かにあたしでも倒せそうだ。
「危険なのは魔獣よりスフィンクスだよ。巨大な動く犬の石像が2体。
いつも意地悪なナゾナゾを出して、ピラミッドに行く人を足止めしてくるんだ。
それで約束の時間に遅れたら大変だよ。今日は寝てるといいな。
たまに眠っているんだよ」
ナゾナゾか、あんまり得意じゃないな。
「あ!ショータ見て!スフィンクスってあれのこと?大きい。
でも、眠っているみたい」
「やった!ラッキー!そーっと行こう。
決して起こさないように」
そーっと行こう。
「ぐーっ」
やば。お腹鳴っちゃった!恐る恐るスフィンクスを見上げる。ピクッと動いた気がするけど、まだ大丈夫みたい。
はぁ。よかった。
たらりと汗が流れ落ちる。
ショータが無言でこちらをにらみつけてきた。
ごめん。ごめん。
「パキッ!!!」
ひーー!今度はショータが太めの枝を踏んで割ってしまった。
今度は、あたしがショータをにらみつける。
もう!
あ!
ゴゴゴッ
スフィンクスのうち一体が身体を起こして首をブルブル振った。
私とショータは、息を止めて身体を硬直させた。全身から汗が吹き出す。
ゴゴゴッ
スフィンクスがまた身体を伏して、眠りについた。
また、そろりそろりと一歩一歩慎重にに進む。
「へっくし!!!」
やば!くしゃみしちゃった!
終わった!
ゴゴゴッ
「だれだ」
「んんー?」
2体のスフィンクスがゆっくりと身体を起こした。
「カリン、走って!」
「わわわ!」
ショータについて走る。
速い!
Aクラスっていうのも分かる。全速じゃなさそうなのに、ついていくのがやっとのスピードだ。
「はぁ、はぁ!え?」
やっとピラミッドについたけど。。。
浮いてる!
銀色のピラミッドが、平屋の屋根くらいの高さまで、フワフワと宙吊りになっていた。
横の長さは、最大化したキュクロが寝転んで5人分くらいかな。
ピラミッドの高さは、ちょっとした山のような大きさだ。
どうやって入るの?
「こっちだよ」
ショータがぴょんぴょんとジャンプを繰り返してピラミッドの中腹にある入り口まで登っていく。
うそ。それが正式な入り方なの?
このひらひらスカートの布の少ない服で行く場所なの?服がはだけてしょうがない。
でも、そんなことを言ってる場合じゃない。
周りに人がいないのがせめてもの救いだ。
それ!それ!それ!
ふー!
やっと衛兵2人が立っている入り口に辿り着いた。
なんだかもう静かで高貴な雰囲気だ。
あたしを見下ろして待っていたショータがニヤニヤしていた。
「カリン、パンツ丸み見えだったよ」
ショータ、後で殴る。
ピラミッドの中はガランとくり抜かれて、光に満ちている。光の魔法なのか、ファイポとは違う乳白色の光。
壁も床も真っ白で天井が驚くほど高い。
床にはまっすぐ赤絨毯が敷かれていて、ただただだだっ広い白い床の真ん中に、3段ほどの白い小さなピラミッドが見える。
衛兵が20人ほど固まっているところを見ると、あそこに玉座があるんだろう。
無音の白いピラミッドの中をコツコツとあたしとショータが歩く音だけが響いていく。
なんだか夢の中のような非現実の場所。
かなり歩いて、やっと真ん中に辿り着いた。
甲冑を装備した長身で屈強な衛兵が斧槍を持って、赤絨毯の両側にズラリと並んでいる。
粗相したら、串刺しにされてしまいそうだ。
ショータが丁重に挨拶のお辞儀をした。
あたしもショータに教わったようにスカートの端を摘んで、ぎこちなくお辞儀する。
なんか堅苦しい。
「よくきたな。
お前がショータか。幼いエルフよ。意地悪なスフィンクスをやり過ごせたようだな」
猫が椅子にふんぞりかえって、足を組んで座っている。
偉そうだけど、可愛い!名前が長くて呼びにくいから、あたしの中で勝手にピーちゃんと呼ぶことにしよう。
「プトレマイオス様、お初にお目にかかります。
マツモトの冒険者ギルドマスター、ショータでございます。
連れておりますのは、冒険者カリンです」
「ふん。か弱い冒険者だな。
吾輩は、もっと強い冒険者を選んだ方がいいと思うぞ。
弱く、考えが浅い冒険者をギルドに受け入れるから怪我人が出た等と、程度の低い苦情になったりする」
もふもふして可愛いけど、侮れない。ピーちゃんの権力者オーラと不釣り合いな愛くるしさがたまらない。
「おっしゃる通りでございます。
登録テストを厳しくしてまいります」
「そうだな。くれぐれもな。
ところで、本題だ。
実は、この森を抜けて、白壁の滝を越え、憐れみの森という最近悪霊が溜まっている場所がある。
悪霊も問題だが、さらにそこにある洞窟に火を吹く犬の魔獣が繁殖し始めたという報告があってな。
すでに吾輩の兵が様子を見に行って、凄まじい火の攻撃で黒焦げにされておる。必要なら討伐して欲しいのだ」
「火を吹く犬の魔獣ですか。初めて聞きます」
え?それって炎犬じゃん。きっとあたしたちと同じように飛ばされて来たんだ。
「吾輩の衛兵やこの辺りの魔法使いは、火の魔獣を特に苦手としているだろう?
マツモトの街中に火の魔獣が来たら大騒ぎだ。
珍しい水の魔法の使い手が冒険者ギルドにいると聞いてな」
「それはそれは、お耳が早いことでございます。
実は、その水の魔法の使い手が、こちらのカリンでございます」
「ふむ。悪い予感がしたが、やはりそうか。
水の魔法が使えるとは言っても、今のままのカリンでは、か弱すぎるな。
いい眼をしているが。
この依頼で死んでしまわないか、心配だ」
おお。なんかあたし、ピーちゃんに心配されてるぞ。
「ご心配であれば、私ショータも同行致します」
「ふむ。それもいいが。
吾輩は、この依頼で冒険者ギルドの実力を試したいのだ。
ショータ、お前が強いのは分かる。
しかし、お前が依頼を解決しては、冒険者ギルドの実力を測ったことにはならないな。
まぁ、よい。
そこのカリン。この依頼をやってみせよ。
追い込まれて初めて達する境地もある。
どうなるかを見てみることにしよう。
依頼を解決できたら、吾輩が冒険者ギルドの後ろ盾になってやろう」
へ。あたし!?しかも1人で?変な汗が滝のように出る。
なんかショータにしてやられた感じがするけど。
ショータがチラッとこっちを見て「お願い!」と言っている。
まぁいいわ。
炎犬ならもしかしたら気持ちを通じ合えるかもしれない。
アシュリがアレイオスの北の魔獣の森でケルベウスと話ができたように。
ピーちゃん言っている悪霊ってのがよく分からないけど。
やってみよう。
「ピー、じゃなかった。プトレマイオス様のご依頼、承ります」
危ない。うっかりピーちゃんって呼ぶ失礼をするところだった。
「よし!行け、カリン。無事を祈る」
あっという間に、ピーちゃんへの謁見が終わった。
赤絨毯の上を出口に向かって、またコツコツ歩いていく。
「ごめんね、カリン。ぼくが一緒に依頼を受けるつもりだったんだ」
「もういいわよ。受けちゃったし」
きっとなんとかなる。なんとかしないと。
うまく行くと信じて、進むしかない。今は、きっとそういう時なんだ。
「おい!子供たち!さっきはよくも寝ている隙に素通りして、逃げてくれたじゃないか。
あー!やだやだ、やだね。
エルフってのは、いつだって小狡いよ。
あたしたちは、ピラミッドの番人スフィンクスって言うんだよ。
あんたたちは、なんだい?!ピラミッドに行ったってことは、プトレマイオスに呼ばれたのかい?」
「ネェさん、1人はエルフじゃなくて、巨人の混血だよ。
しかも、珍しい。赤い目の巨人の印が眼にあらわれてる。まだ、赤い目の力が覚醒していないけど」
「エルフだろうと、赤い目の巨人だろうとイカサマは、許さないよ!
あたしたちは、ちゃんと役目を果たさなきゃねぇ、可愛い弟よ」
ショータが慌て事情を話す。
「僕たちは、プトレマイオス様から依頼を受けて、憐れみの森の奥の火を吐く犬の様子を見に行くことになったんだ」
「そうか、そうか。よし、じゃあ僕たちの試練を乗り越えて行くといい。
僕たちからの試練は、なぞなぞだよ。
大昔からスフィンクスのなぞなぞに答えられなかったら、食われちまうことになってるのさ。
だから、答えられなかったら、お前たちも食ってやる!
ネェさん、どのなぞなぞにしようか。
ずーーっと2人でなぞなぞを考えていたから、108個もあるよ」
私は、ショータの肩をポンと叩く。
「ショータ、あたしは、先にラトタスと哀れみの森にいくわ。なぞなぞは、よろしくね」
「え?!カリン!ひどい!僕を残していくつもり?!」
「これでおあいこよ。頑張ってね!あたしは、火を吹く魔獣の様子を見にいくわ」
「そ、そんなぁ!」
「ほぉ。エルフの坊やがなぞなぞに答えるんだね。
いいだろう。
それじゃあ、選ばせてやろう。
あたしたちの選りすぐりのなぞなぞ、どうせ1つも解けやしないさ!
1から108まであるんだ。何番にするかい?」
ショータがあたしに助けを求める目を向ける。
「カリン、何番にするって聞かれてるけど、どうしたらいいんだよ?」
悪いけど、あたしにもさっぱり分からない。
「わたしだって、なぞなぞなんか嫌いよ!
ショータ、もうちょっと、シャンとしてよ。
ギルドマスターなんでしょ?
じゃあ、あたしは行ってくるわ。
スフィンクスとなぞなぞして、ここで待っててね」
「カリン行かないでぇぇ!」
これはもう無視していこう。
スフィンクスがショータに問いかけた。
「よし。
赤い目の巨人の娘はさっさと行きな。
エルフの坊やは、もう後戻りはできないよ!
朝は四本足、昼は二本足、夕べは三本足。
この生き物は何か?
さぁ、どうだ。
お前のような子供には絶対にわからないはず。
これは、最初に作った最強のなぞなぞだよ」
うん。さっぱり分からないな。行こう。
「カリンーー!!」
ショータの声が聞こえるけど、振り向いてはいけない。
ここは、ショータに頑張ってもらおう。森を歩いてズンズン進んでいく。
なんだかんだ言って、ラトタスと一緒なら安心だ。
しばらく歩くと森を抜けて、パァッと景色が開けた。
これが白壁の滝!
うわぁ!!
弧を描く壁のように削られた黒い岩肌に、数えきれないくらいの滝が、白くしぶきをあげている。
壁は、樹々より遥かに高い。
明るい午前の日差しが差し込む滝つぼには、冷たそうな透明な水。吸い込まれるくらい透き通った川底には、明るい緑の水草が日光で輝きながら揺れている。
滝に濡れて黒い岩に緑の苔や草花が密生していて、瑞々しい緑が美しい。
驚くほど透明な水が流れる川が巨石がゴロゴロとしている間を流れていく。壮大な自然の風景。ため息が出るほど、きれいだ。
またここにピッケルと来たいな。
巨石を見ると割りたくなるけど、この景色を壊すのはやめておこう。
岩によじ登って、上を跳ねていけば、向こう岸に着くこともできる。
一番大きな巨石の上で、滝を見上げた。
細かい飛沫が身体に降り注ぐ。冷たくて清涼な空気。
ちょっと遊んでみよう。
アクアーボ!
目の前に水球ができる。あっという間だ。ここには魔力も満ちている。
ボトラ!!!
水がウネウネと生き物みたいに空中で動き出す。
あたしがクルクル回ると、水が円の軌道を描く。
陽の光を受けて水晶のようにキラキラ輝く。
「水が綺麗だと、調子がいいなぁ」
楽しかった。こうやって遊びながら水の動かし方を掴んで、古文書でボトラの名前を見つけた時は、興奮した。
やっぱり、あたし、魔法も好きだ。
よし!行こう!
川原を越えると、背の低い緑の原っぱが広がる。
白い蝶が舞い、平和な光景だ。
でも、どこか見られているような気がする。
落ち着かない。明るいのどかさの中に不穏な気配を感じる。
野原の向こうに、緑が濃い森が見えた。森の中がすでに薄暗い。
あれが憐れみの森かな。なんだかもう不気味だわ。お化けがでそう。
あっ、悪霊が溜まってるって、もしかしてお化けが出るってことなのかな。
お化けが出るなら、嫌すぎる。なんで依頼を受けてしまったんだろう。
明るいうちにさっさと洞窟見つけて、炎犬を探し出さないと。
あれ?
さっきまで明るかったのに、急に野原に影が満ちる。太陽を大きな雲が隠して、陽光より薄暗さが優っていく。
一気に気温が下がって、吐く息が白くなる。
「。。。。。か?」
え?
「おま。。。。えか?」
やばい。かすれた声がどこからともなく響いてくる。
怖い。
だんだん黒い濃い影が目の前にまとまって、暗いモヤのような塊になってきた。
「。。。おまえ。。。じゃない。。。」
え?
黒いモヤがあたしを通り過ぎて、ラトタスの方にいく。近くを通っただけで、背筋がゾクゾクと寒気がする。
冷たくて、悲しい気持ちがあたしに入ってきた。呼吸が浅くしかできない。苦しい。
はぁ。はぁ。
身体から冷たい汗が吹き出す。
黒いモヤがラトタスに取り憑くように包んでいく。
「おまえだな。。。おまえが調和を乱した。。。でも、ちがう。どこにいる。。。」
黒いモヤがラトタスを離れると、ラトタスが膝から崩れ落ちるように倒れた。
ラトタスの身体の一部が凍っている。
黒いモヤの塊が通った跡は、草花が真っ白に霜が降りていた。
今度は、黒いモヤがあたしを包むこもうとする。
寒い。なんて冷たくて、悲しいオーラ。
嫌だ。
ファイガス!
黒いモヤが散らばるように薄くなった。
効いたのかな?
また黒いモヤが集まって濃く塊になった。
効いてないのかな?
ファイガス!
ファイガス!
ファイガス!
草花が焼けた匂いが広がる。
黒いモヤは、どこかに消えたようにみえ、またじわじわと集まり始める。
ファイガスで、時間稼ぎくらいはできるのかな。
消し去ることは、できないみたいだ。
でも、ラトタスを置いていけない。
太陽が雲から顔を出して、少しずつ野原に光が差していく。
「かならず。。。見つける。どこにいても。。。」
呪詛のような、執念深い声が消え入るようにかすかに響いた。
また晴れ間が広がって、明るい野原に戻った。
ファイガスで焼け焦げた跡が筋となって残っている。
はぁ。なんとか無事だった。怖かった。。。
ふぅ。
息苦しさから解放された。汗ばむ身体をキュールで綺麗にする。
なんだったんだろう。
調和を乱した人を探していたみたい。
それは、きっとピッケルのことだ。
ピッケルの近くにも悪霊がいるんだろうか。
あとで、ピッケルに気をつけるように伝えておこう。
よろよろとラトタスが立ち上がった。ゆっくり一歩ずつ歩き出す。
手をぐるぐる回して、両手を上に上げて伸びをしている。
ラトタスも大丈夫そうだ。
憐れみの森に入るのが怖くなってしまった。
どうしよう。
でも,行くしかないな。
でも、怖いよぉ。




