アシュリと北の魔獣の森
「俺とアクアウがついてるんだ。大丈夫だよ」
ソニレテ団長の背中ほど頼もしいものはない。
私は、ソニレテ団長、メルロ、カリファと北の魔獣の森のケルベウスに会いにきていた。
エタンの戦略通りクロロは、カラメルの復興と貴族たちの取りまとめに向かった。なぜかプルーンもついていった。
手の早いクロロのことだ、美人のプルーンを放っておかなかったのかもしれない。プルーンにとっても悪い話ではないのか?そうかもしれない。
緑が濃い森というかジャングル。朝日が遮られて、薄暗い。
地面には無数の木の根っこが伸びていて、苔むしている。
普段は人が踏み入ることのない道なき森。
ゴツゴツしているし、苔で滑って歩きにくい。
メルロが不安そうにカリファの腕に抱きついていた。
「アシュリ、本当にケルベウスが力を貸してもくれるの?」
そんなことまだわからない。
でも、エタンとゾゾ長老に相談したら、即決だった。可能性に賭ける。私は、2人のその姿勢が好きだ。
「可能性に賭けたのよ。まだ分からないわ」
ま、実際、可能性に命をかけるのは、まず私達なんだけど。
いいんだ。これでたくさんの命が救われるなら、私は、なんだってやる。
メルロとカリファには、感謝だ。2人がいると心強い。
ソニレテ団長とアクアウ様がいれば、炎犬に殺されることはないと言っていいだろう。
魔獣の森も炎犬も、つい最近までは死に直結する場所だったというのに。
メルロもカリファも安心しているのか、不安を紛らわすためなのか、ずっと喋っている。もう少し緊張感を持った方がいいのに。
危険なのは、炎犬だけじゃないはずだ。
2人はただ、いちゃついているだけかもしれない。恋人かぁ。ちょっと羨ましいな。
ピッケルとの文通が毎日続いていた。会って話すより、素直に本心を話せる気がする。
今日も無事文通ができるだろうか?ミニゴーレムの手をレゴレで筆を持てるように変えてきた。もちろん、筆もインクと紙もある。
見たことがない植生の森をジロジロ見ていると学者心が収まらない。葉っぱを採取して持って帰ろうか。
カリファが私をつつく。
「アシュリ、不用意に植物に触らないことよ。ペカリみたいに人類に危険な植物かもしれないんだから」
そうだ。危険なのは魔獣だけじゃない。動物、植物、菌類、鉱石、水、どれも安心できるものはない。
「わかってるよ。カリファこそ、気をつけて。メルロといちゃいちゃしてると危ないわよ」
「なによ。妬いてるの?そういえば、ピッケルとはどう?ちゃんと進んでるの?」
ピッケルと文通していることは、とっくにカリファとメルロにバレていた。
「私のことはいいの。ほっといて」
意外にも、魔獣と遭遇しないで森を歩く。苔むす森の中、気のせいかもしれないが、ところどころ苔が剥がれている。ピッケル達が歩いた跡だろうか?
上からは植物のツルが垂れ下がっている。
それにしても魔力が濃い。
これが魔獣の世界。
ポタ ポタ ポタ
あれ?晴れていたはずなのに?
ポタポタと液体が落ちてきた。
手で拭って触ってみるとヌチャヌチャしている。
ジュルッ
「きゃあ!」
いきなり悲鳴をあげるメルロ。
見ると、ヌルヌルした無数の植物のツルが触手のようにメルロとカリファに巻き付いている。
あっという間の出来事だ。ピンポイントで2人を狙ってきたみたいだ。
じっとりと重たくて甘ったるい匂いがする。
14、5本の触手が巻き付いて、2人が宙吊りになっている。2人の足からトロリとポタポタ、ネバネバした透明の液体が滴り落ちている。
メルロが悲鳴をあげた。
「きゃあ!エッチ!このヌルヌル!」
触手がメルロとカリファの服の中にジュルジュルと潜り込んでいく。
カリファが怒りながらジタバタしている。
「私のメルロに触るな!いやぁぁ!」
ソニレテ団長が左腰にかけた剣を引き抜いて、ツルをバサバサと切り落とす。
私もジェッカでツルをバサバサと切り落としていく。
2人の意識が朦朧としてきているみたいだ。
メルロが声を絞り出す。
「あぁん!あぁぁ!」
メルロがだんだんうっとりと恍惚の表情になってきた。
カリファもちょっと様子が変だ。
「あぁん!はぁはぁ。ふぅぅ」
何かがまずい。メルロとカリファがピクン、ピクンと身体を震わせている。
2人の爪先からポタポタと粘液が流れ落ちる。
メルロの服の中にツルの触手がどんどん入っていく!
「うわぁぁ!そこはダメェ!!あぁん!」
急がないと!
ソニレテ団長がバサバサと触手を切り続けて、やっと2人が地面にドサっと落ちた。
「メルロ、しっかりして!カリファも!」
メルロは、恍惚として言葉が出ない。カリファがやっと声を出した。
「なんて変態なツルなの?」
メルロが苦しそうに息を切らして、頬を赤らめて口から涎を垂らしている。
毒だろうか?応急処置が必要だ。
すぐ2人にキュアをかけて、身体の汚れを綺麗にする。ポムルスをかじらせて解毒すると、2人の顔色が元に戻った。
メルロがガタガタと震えている。
「うう。触手がヌメヌメして。。。ジュルッとぬぷぬぷ身体の中に出たり入ったりして、思い出すだけで、いやだ。うぅ」
やっぱり危険な森だ。
ポタポタポタポタ
粘液が雨のように降り注ぐ。
上を見ると無数の触手のようなツルが伸びてきている!
やばい!
メルロにまた触手が絡まる。
「きゃあ!もう嫌!」
カリファが真っ青な顔でジェッカでツルを切り払う。
ソニレテ団長が移動の指示を出した。
「メルロ、カリファ、走れるか?」
カリファがメルロをおんぶして走り出す。
「大丈夫!とにかくここから早く離れたい!」
しばらく走って、ソニレテ団長が速度を緩めた。
「もうツルが追ってこないな。大丈夫だろう」
2人の顔には恐怖が残る。メルロが自分で自分の肩を両手で抱きしめながらブルブル震えている。
「うぅ。最悪。まだ怖いわ」
空を見上げると夕暮れ前の空が赤く染まっている。
ちょうどソニレテ団長が少し広い平らな場所にレゴレのコテージを見つけた。
「よし、ちょうどレゴレのコテージがあるな。
ピッケル達が作ったんだろう。
もうすぐ暗くなる。少し早いが、今日は、ここまでにしよう」
「ソニレテ団長!あれを見て!」
私は、大きな黒いかたまりを見つけた。
ケルベウスだ!
ソニレテ団長がケルベウスを見上げた。
「これがケルベウス?!でかいな」
メルロが私をつつく。
「ちょっと、アシュリどうするのよ?」
カリファがケルベウスを見上げて、その大きさに呆れている。
「やっぱり話をするなんて無理よ。。。」
私は、諦めない。
「やってみる。言葉が通じなくても、気持ちが伝わるかも」
砂のミニゴーレムが私の肩にちょこんと乗った。
「私達は、お願いがあってここにきたの!私は、アシュリ。話を聞いてほしい!私達は、ピッケルの仲間よ!」
すると3つの頭をもつケルベウスがそれぞれしゃべるように吠えた。
ガウ、グワ、グルル
ガウ、グワ、グルル
ガウ、グワ、グルル
ミニゴーレムがウンウンうなずきながらケルベウスの話を聞いている。
ミニゴーレムを経由して、ルーマンにケルベウスが何を言っているのか解読してもらう作戦をゾゾ長老と立てていた。
そんなにうまくいくだろうか?
ミニゴーレムが私をツンツンつつく。
身振り手振りで何かを伝えようとしている。
なんだろう?手をクルクルしている。
「引き返せってこと?」
ミニゴーレム違う、違うと首を振る。
「手をクルクルしたいの?」
ミニゴーレムが惜しいっという感じで手を動かす。
どうしよう、分からない。ミニゴーレムの身振り手振りの意味が私にはまだピンとこない。こんな時ピッケルがいたら。
カリファが何かひらめいたみたいだ。
「筆を出してほしいんじゃない?何か書きたいのかも!」
嬉しそうにミニゴーレムがぴょんぴょん跳ねた。正解みたいだ。
ポシェタから筆とインクと紙を出す。
ミニゴーレムが筆を器用に持って、インクにちょんちょんと筆先をつけた。
それからゆっくり紙に字を書き始める。
私達は、その筆先をじっと見つめた。
「仲間を守れなくて、すまなかった。
ゴムリートから逃げるので精一杯だった。
ゴムリートが弟をどこかへ飛ばしてしまった。探すのを手伝ってほしい。
でも、お前の言葉がわからない。何を言ってる?」
どうやったら、私の言葉を伝えられる?
そうだ。ダメ元で試してみよう。カリンが貸してくれた言の葉の首飾りを。
魔獣に言語があるなら、もしかして!
「ケルベウス、どう?私のことは、分かる?」
「おお。分かるぞ。分かる。その首飾り、精霊のものだな」
ミニゴーレムが驚いて筆を落とした。
おお!私たちの言葉が分かる!?そうなのか!それなら!
このケルベウスは、弟想いなんだな。魔獣にもそういう感情があるんだ。
危険を冒してここまできてよかった。きっとこれでうまくいく。




