今日はここまで 前編
「きっとみんな無事よ。仲間を信じなさい!
近くにはいないみたいだけど、目的地が大地の割れ目だというのは同じ。
そこに向かえば、必ず会えるはず。
さぁ、出発よ!」
カリンがあっさりと割り切って、弟のケルベウスの背中にのる。
カリンは、騎士ゴーレムにも、眠ってしまったように反応しない卵にも全然興味がない。
騎士ゴーレムも当たり前のように動いて、ケルベウスの背中によじ登る。
僕だけがあたふたと慌ている。動かなくなったミニゴーレムの身体と鍵をポシェタにしまって、卵をバッグに入れる。
カリンはともかく、騎士ゴーレムまで、早く来いと身振りで催促してくる。
いきなりミニゴーレムから騎士ゴーレムに変わったことに違和感があるのは、僕だけなのか?!
古代から封印されていた騎士の鎧が気にならないなんて!
「ピッケル、早く!日が高いうちにできるだけ進むわよ!」
仕方ない。確かに進むのがまず先決だ。
ケルベウスと一緒なのは心強い。姉のケルベウスを見つけるという目的を同じにして、自然と仲間になっている。
もちろん、この森で主であるケルベウスに立ち向かう敵はいない。
それに大地の割れ目までの道も知っている。多分。
バウ、ワウ、ブルン
ケルベウスが短く吠えると、ゆっくり動き始める。
ケルベウスにしては速度を緩めている様子だけど、それでも森の中を風のように進む。
もともと歩いて5日で森を抜けられる距離だった。寄り道して遅れているはずだけど、3倍くらいのスピードで進んでいるはず。もう半分くらいまで来ているだろうか。
もうすぐ夕暮れになりそうだ。
森が途切れて、小高い丘に平らな場所を見つけた。
「カリン、今日はここまでにしよう。
弟のケルベウスもまだ万全じゃないし。
2人で野営するのは初めてだから、余裕を持って準備しようよ」
珍しくカリンが素直に応じる。
「そうね。分かった」
騎士ゴーレムもウンウン頷く。
お座りしたケルベウスの背中からするすると降りる。だんだん乗り降りにも慣れてきた。
ずっとケルベウスにしがみついていたから、身体が疲れて痛い。
うーんと伸びをする。
「フーッ!ケルベウスもお疲れ様」
伏せをしているケルベウスの鼻の頭を撫でる。
バウ、ワウ、ブルン
ケルベウスが上機嫌に尻尾を振る。なんだか仲良くなれそうだ。
ケルベウスには、頭に一つずつポムルスをあげた。足りるか分からないけど、きっと元気になる。
ケルベウスが舌を出しながら嬉しそうに吠える。
バウ、ワウ、ブルン
喜んでくれたみたいだ。
双眼鏡で森を見渡しても、姉のケルベウスの姿が見当たらない。
どこにいるんだろう。まさか生き埋めにはなっていないと思うけど。
カリンも伸びをして、丘から開けた景色を望む。
「ねえ、ピッケル。
あたし、旅に出てよかった。
危なくて死が隣り合わせだけど、その分、生きてることを実感する。
生まれて来てよかったって、生きてるっていいなって」
カリンが大きな赤い目をキラキラさせている。
「僕もそうだよ。頑張っても頑張ってもダメだと思うたびに、また救われた、また助けられたと思うことばかり。
努力したから、諦めなかったから、当たり前の幸運だなんてとても思えない」
カリンがあっけらかんと明るく笑う。
「ピッケルって本当に運がいいよね!あたしにも出会えたしね!あはは」
なんて自信なんだろ。
なんだかんだでカリンの明るさに一番救われる。
「どんな困難な試練でも、必ず乗り越えてみせる。全ての人を救うんだ。幸運頼りじゃなくて、諦めずに希望を実現するんだ」
カリンが僕の手をギュッと握る。
「ピッケル...」
僕とカリンは、レゴレでコテージを作った。
コテージの中に入ろうとすると、騎士ゴーレムがコテージの外で立ち止まる。
騎士ゴーレムは、外で見張りをするという身振りをしてきた。
「あら、助かるわ。見張りをお願いね」
カリンが先にコテージに入っていく。
チラリと振り返って騎士ゴーレムを見ると、右手の握り拳に親指を立てて、僕を励ましてくる。
おお。そうだな。僕は今日、覚悟を見せる日だ。そうすべきだ。
僕がコクリ頷くと、騎士ゴーレムも頷く。
くれぐれも邪魔が入らないように、頼むぜ。
コテージの中からカリンが呼ぶ声がする。
「ピッケル、どう?寒くない?」
「ミニゴーレムに見張りを替わってもらおうかな。今から下に行くよ。お腹がすいたし、何か作るよ」
僕は、ふぅっと深呼吸してから、コテージの中に入っていく。
今回は、中にキッチンを作ってみた。
フライパンや包丁、まな板をポシェタから取り出す。コンロの火はファイポで充分だ。
料理をすると生きている実感が湧いてくる。
「今夜は僕が美味しいものを作るね」
「ピッケル、すごい!いつもに増して輝いて見えるわ。キッチンなんてすごい!」
そうは言っても、手の込んだものなんか作れない。ポシェタから材料を取り出して、パンにハムとチーズを挟んで、胡椒を軽く振って焼くだけ。クロックムッシュより,素朴なホットサンド。
「「いただきます」」
カリンが水の魔法で清潔で純粋な水を取り出して、コップに入れる。
「水、美味しい!生き返るね」
「ホットサンドも美味しい!ピッケル、ありがとう!」
これまで食べた中で一番美味しく感じる。
味付けは適当だし、焦げている部分もあるけれど。
生きているということを、すごく強く感じる。
夕食が終わると、日が完全に沈んで、ファイポの灯りがぼんやりと照らす。
「寒いな。冷えてきたね。」
小窓から外を見ると、ケルベウスもコテージの前で丸まって寝ている。でも3つのうちどれか1つの頭が常に起きている。最高の番犬だ。
カリンにキュールをかけた清潔な毛布を手渡す。
「え、ありがとう。ピッケル、優しいのね。ねぇ、この優しさって、あたしにだけ?」
「はあ?今、僕とカリンしかいないでしょ。幽霊でも見えてるの?」
カリンが不満げに僕のお尻をペチンと叩く。
「見えてないわよ!
それはそうと、もう寝る前だし、キュールで身支度しようかな。着替えるからちょっとあっちむいてて。ピッケルもキュールで綺麗にしてね」
「はいはい。もう寝なよ。今日は、きっと疲れてるはずだからさ」
カリンがキュールの爽やかな香りで身を包む。そして、シルクのシャツにさっと着替えて毛布にくるまって、先に眠る。
僕もキュールで身体を綺麗にすると、口の中までさっぱりした。
それから寝巻きのシャツに着替える。
キュールは、最初に習った魔法だ。6年前のあの日。そこにはカリンがいた。
最初にキュールを使おうとして、倒れてしまったとき、カリンが優しく慰めて、励ましてくれた。
部屋の中が温まって、剣の柄から甘い匂いが放たれる。
眠る前に、ファイポで部屋の温度を調整する。これくらい温めれば朝まで大丈夫だ。
カリンが小さな声で呼んだ。
「ピッケル、寂しいからこっち来て」
ファイポの灯りを小さくする。ソワソワする気持ちを落ち着かせながら、カリンに歩み寄る。
「うん、分かった。いくよ」
ドキドキする。
今夜こそ僕が男を見せるんだ。




