いざ魔獣の森へ
「さっき倒したのはなんだったんだ?斧槍でぶっ叩いてもまた動き出す生命力。人じゃねぇし、魔獣でもないよな?」
ガンダルが腑に落ちない顔で首を傾げる。
森の手前で僕たちは、頭のてっぺんに見覚えのある赤い花を咲かせてゾンビになった2.3人をファイガスで焼き払った。
髪の毛が焼ける嫌な匂いが不愉快だった。
キーラが思い起こすようにつぶやく。
「王都で死者蘇生の研究を行っている貴族がいると聞きましたが。
確かペカリという花を実験に使っているということでしたよ?」
まさか、あのペカリか!確かにゾンビに咲いていたのは赤いペカリだった。
カリンが青ざめて怖がっている。
「気持ち悪いわ。あたし、なんてものを森から持ち帰ったのかしら。
発見者のあたしの名前が入っているのが、今となっては不名誉すぎる」
僕は、炎犬の杖から使用済みの骨を外して、今日未使用の骨を付け替える。これでまたファイガスが出せる。
「ファイガスが効くみたいでよかったよ。もう出会いたくないけど。
でも、なんでこんなところに?王都で厳重保管されているはずなのに。
研究に使っていたとしても、どうしてゾンビがここまで。。。」
キーラがドワラゴンにもらった炎犬の小さな骨を大事そうにしまう。
「さぁ。まさか王都にペカリが繁殖して、みんなペカリのゾンビになってしまったなんてことはないと思いますが。
おそらく森の中にはもういないでしょう。炎犬の骨のカケラがたくさんあってよかった」
ガンダルが覚悟した顔で注意を促す。
「こっからいよいよ魔獣の森だ。
まだ人類でここに入って無事出たやつも、通り抜けたものもいねぇ。
油断は即死だ。行くぞ。
順調にいけば5日で抜けられるはずだ」
ヤードルが答える。
「俺が先を歩く」
ラカンが呆れたようにつぶやいて、首を振る。
「人類とは、なんと貧弱なことよ。ふぅ」
4.5歩前をヤードルが歩く。最後尾はガンダルだ。
全員黙って、足音だけがザッザッと響く。
見たことがない植生の森をジロジロみながらカリンが僕をつつく。
「ピッケル、不用意に植物に触らないことよ。ペカリみたいに人類に危険な植物かもしれないんだから」
そうだ。危険なのは魔獣だけじゃない。動物、植物、菌類、鉱石、水、至る所に警戒が必要だ。
「わかってるよ。カリンこそ、気をつけろよ」
意外にも、魔獣と遭遇しないで森を歩く。苔むす森の中、もちろん踏み締められた道などない。
足もとには木の根が無数に伸びて、上からは植物のツルが垂れ下がる。
森の空気、地面から魔力をジワジワと感じる。
人類が住む場所とは全く違う。異質な空気。
ポタ
あれ?お天気雨?
ポタポタと雨粒が落ちてくる。
雨粒を触るとヌルヌルしている?
ジュルッ
「きゃあ!」
いきなり悲鳴をあげるカリンを見ると、ヌラヌラとした植物のツルが触手のようにカリンに巻き付いている。
あっという間の出来事だ。ピンポイントでカリンを狙ってきたみたいだ。
じっとりと重たくて甘ったるい匂いがする。
14、5本の触手が巻き付いて、カリンが宙吊りになっている。カリンの足からトロリとポタポタ、ネバネバした透明の液体が滴り落ちる。
「助けて、気色悪い!ヌルヌルするの!」
触手がカリンの服の中にジュルジュルと潜り込んでいく。
「うわわ!やめて!この変態触手!いやぁぁ!」
左腰にかけた剣を引き抜いて、ツルを切り落とす。
この短剣をドワラゴンの店で手に入れた時のことを思い出す。誰かを助けるため、守るために使う。そう決意したんだ。
ガンダルとヤードルもツルをバサバサと切り落としていく。
カリンの意識が朦朧としてきているみたいだ。
「はぁ!はぁ!おかしくなるぅ。ひやぁぁ」
カリンがだんだんうっとりと恍惚の表情になってきた。
「ウヒヒヒッ」
何かがまずい。カリンがピクン、ピクンと身体を震わせている。
カリン爪先からポタポタと粘液が流れ落ちる。
「ああん!あぁ!」
急がないと!
バサバサと触手を切り続けて、やっとカリンが地面にドサっと落ちる。カリンが受け身をとれないほどなのか?
「大丈夫?毒は?」
「はぁはぁ。体が痺れる。。」
カリンが苦しそうに息を切らして、頬を赤らめて口から涎を垂らしている。
危ない感じだ。
すぐにカリンにキュアをかけて、擦り傷と汚れた服を綺麗にする。念の為、ポムルスもかじらせる。これでたいていの毒を解毒できる。
みるみるうちにカリンの顔色が元に戻っていく。
「うう。頭の中が真っ白になっちゃいそうだった。身体の内側が熱くてジンジンなるし、触手がヌメヌメして。。。」
やっぱり危険な森だ。
ポタポタポタポタ
粘液が雨のように降り注ぐ。
上を見ると無数の触手のようなツルが伸びてきている!
やばい!
「きゃあ!」
カリンが真っ青な顔で飛び起きた。
ガンダルが移動の指示をだす。
「走れ!この場を離れるぞ!カリン、走れるか?」
「クラクラするけど、2度とあんなのごめんだわ!」
カリンも走れそうだ。
しばらく走って、ガンダルの判断で速度を緩める。
「少し樹木がまばらになってきた。ここまでくれば、あの気色悪いツルは大丈夫だろう」
カリンの顔には恐怖が残る。自分で自分の肩を両手で抱きしめながら青ざめる。
「あたし、まだ怖いわ」
空を見上げると夕暮れ前の雲が少しオレンジ色になってきた。
ちょうどガンダルが少し広い平らな場所を見つけた。
「よし、もうすぐ暗くなる。少し早いが、今日はここまでにしよう。気になることもあるしな。
レゴレで野営用のコテージを作ってくれ。頑丈なのを頼むぞ」
レゴレは、すごい。
分厚い石づくりのコテージを一瞬で作ることができる。
炎犬が来ても、これなら大丈夫だ。
僕とキーラとカリンで協力して、レゴレを唱える。
キーラが完成したゴツゴツした表面の石のコテージを見て満足げだ。
「最初の試作品より、壁も分厚いし、中のスペースも広く作れました。
それぞれの個室とベッドも作れますね。ウイプナで木の家具を作るやり方を試してみましょう」
確かにアレイオスで試しに作ったコテージより数段上の出来になっている。
ウイプナで木の家具ができると、居心地の良さが格段に上がる。
「そう。。。でも、怖いわ。このコテージの強度で大丈夫かしら」
確かにカリンの言う通りだ。
「炎犬くらいだったら大丈夫そうだけどね。何が起こるかわからない。2階の見張り台もいいね。
毎回改善を重ねていこう」
レゴレでコテージを作るのに、半分ほど魔力の耐久値を使った。もしもに備えて、魔力を残しておく。
魔獣の森の最初の夜。
何も起こらないのがかえって怖い。
コテージのちんまりとした広間に全員集まる。6人とミニゴーレムが集まると手狭な広さだ。
ポシェタに入れてきたポムルスのパンをみんなで食べて、平穏な夜が過ぎていく。
ラカンがむしゃむしゃポムルスのパンを食べる。
「これはうまいな!力がみなぎってくる!甘酸っぱいくて、いい香りだ!もう一個くれ!」
ポシェタからポムルスのパンを渡すと、ラカンが奪うようにパンをもぎ取る。
ヤードルが吐き出すようにつぶやく。
「妙だ。静かすぎる」
ガンダルも落ち着かない様子だ。
「やっぱりそう思うよな。
森の魔獣たちは、絶対俺たちに気づいているはずなんだ。
魔獣じゃなくて、野生動物だって気づくさ。
自分たちの縄張りに、よそ者がこんなにも侵入してきてんだ。
まるで進むたびに、遠巻きに見ている魔獣たちが逃げていくみたいだ」
キーラも頷く。
「遠くに魔力を感じるのですが。。。近づきてくる気配はありませんでした」
カリンがラカンに近づく。
「絶対あんたでしょう?
なにがなんだか説明してよ!
パンばっかり食べてないで!何個目よ!」
「うるさいのぅ。
お前たちがあんまり弱いから、魔獣たちに近づかないように念話で伝えただけの話だ。
ピッケルの持つ剣は、魔王の剣だろう?
ピッケルが魔王の分身だと伝えたら、おとなしく従う様子だったぞ。
ケルベウスは、もともと魔王の飼い犬だからな。
山の上にいるやつは、多分様子を見がてら襲ってくるから、覚悟しておけよ。
人類が一括りに魔獣と呼ぶ生き物の中には、この宇宙の別の星や別の宇宙から来ているものまでおる。
そういうわけで、我は腹が減った。パンをもう一つ捧げよ。
明日も魔獣どもを退けてくれよう」
ラカンを連れてきてよかった。腐ってもドラゴン。遠く離れた魔獣を念話で従わせるなんて。
でも、剣を持っているだけで魔王の分身だなんて。そんな嘘がバレたら大変だ。
カリンも同じ気持ちらしい。
「ほら、ピッケル!早くパンを出しなさいよ」
「う、うん」
ガンダルがふぅと息を吐き出す。
「こりゃ、ありがたいな。
できるだけ高地を避けて、弱い魔獣のいるところを進もう。
ラカン、強いのが近づいてきたら分かるのか?」
「当たり前だ。我の身も守らなければならん。その時は教えてやろう」
ガンダルが僕の肩にポンと手を置く。
「その剣にそんなご利益があるとはな。助かったな」
「う、うん」
こうして最初の夜は意外にも平和にすぎていく。
ラカンにもまだまだ秘めた力がありそうだ。
「我は眠いぞ。
安心しろ。我の眠りを妨げるものは、この近くにはおらん。皆も安心して寝るがいい」
ヤードルが壁にもたれる。
「今夜は俺が見張る。魔法使いは寝ろ」
ヤードルの言う通りだ。寝て魔力を回復しないと。
ガンダルが毛布を身に包む。
「明日は俺が見張るよ。ヤードル、今夜は、任せたぞ。ピッケル、ファイポの灯りをできるだけ小さくしてくれ」
石のコテージの中で皆、それぞれの個室に入っていく。
僕も個室で毛布に包まって眠る。
特別に作った小さいベッドにミニゴーレムが喜んで寝転がる。
想像していたのと、全く違う。これなら森を抜けて、大地の割れ目にたどり着く希望が持てる。
ラカンと一緒なのは幸運だ。ラカンがいなかったら、僕たちはここまでどんな道中で、どれだけ傷つき、どんな不安や恐怖を抱えてコテージの中にいるだろう。
ラカンを地上に授けてくれた女神様に感謝だ。女神様の加護としかいいようがない。
あの全裸でドSな姿を思い出す。あの眼福のひと時からもう、13年。確かに日々加護を感じる。




