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アシュリの気持ち

 私は、戸惑っていた。


 ふぅ。


 ため息をするなんて、我ながら珍しい。

 総督府の広間の高すぎる天井を見上げた。

 ドワラゴンが仕立てた見事なシャンデリアがいくつも並んでいる。

 夕方になり、ゾゾ長老が仕込んだ魔法陣でファイポの明かりが点灯した。

 広場が、パァっと明るくなる。ポムルスから取った香油のおかげで爽やかな上品な香りが満ちてきた。

 自分の研究は、あの豪奢な細工の一つに匹敵する価値があるのだろうかと、答えのない問いに沈み込みそうになる。


 全ての人を癒す万能薬を作ること。親が成し遂げられなかったことを、私の手で成し遂げる。


 でも、ゾゾ長老が見つけたポムルス以上の癒しの力が見当もつかなかった。

 そのポムルスだって、瀕死の人や重病には効かないことがわかっている。

 私の研究は、まだ中途半端なまま、明確な価値を産んでいない。

 

 

 大きく成長したピッケルを見て、うろたえた。私のことを大好きだと言ってくれた弟子に会うのを、楽しみにしていた。

 それは、小さな子供の成長を愛でるような気持ちだった。

 でも、ピッケルは、私にはない重い、あまりに重い宿命を持ち、それに相応しい力強い男になっていた。


 ドキッとした。カッコよかった。


 その強い存在感に、子供扱いしようとしていた自分を恥じた。

 命をかけて、自分と大切な人を守る戦いをしてきた男の眼をしていた。


 炎犬を討伐する時に、ゾゾ長老に総督府に留守番したいと伝えたのは、気持ちを整理したかったからだ。

 しかも、今度は魂の魔法など、古文書にもない魔法を授けられて帰ってきた。


 それは、私が一生かけて取り組もうとしていたことよりも桁違いに素晴らしい発見かもしれない。

 私の研究は、それに比べてなんて個人的なものなんだろう。少なくとも現時点では。


 古代の博物館から帰ってきたら質問責めにしてやろうか。

 どんな顔で?師匠として?それとも魔法強い使いの同士として?

 むしろ、教えを乞うのは私だ。

 それとも1人の女として?なんだそれは。

 こまった。それはどんな顔なんだろう。どれもしっくりこない。


「具合でも悪いのですか?顔が赤いですよ?」


 エタンを助けるため総督府に駆けつけているクロロが声をかけてくれた。


「い、いえ。ちょっと弟子の成長が予想以上で」


「ピッケルのことですか?惚れ惚れとするくらい精悍な男の子ですな」


「そ、そうですね。凛々しく逞しくなっていました。

 3年前は、頼りない男の子だったのに」


「それで、見惚れてしまったと」


「ええ。。。

 ちょっと、何を言わせるんですか?

 わ、わ、わ、私は、ただ弟子の成長を讃えたいだけです!」


「おっと!そうですな。

 恋に悩める女の顔に見えましたが、野暮でしたね。

 ちょっとお節介がすぎたようです。

 ただ、燃え始めた気持ちは、なかなか冷めないものですよ。ふふふ」


「ちょっとクロロ!どういう意味ですか?!恋だなんて!わ、私は一言も!」


 クロロは、コロコロと楽しそうに笑うと、クルリと身を翻して行ってしまった。


「おお。我らが総督、エタンが激務で大変だ。

 親友として、助けてやらねば。

 と言うわけで、また続きを教えてください。

 では。ふふふ」


 わざとらしく忙しい振りをして、クロロが逃げるように広間から出ていく。

 まったく。食えない人だ。真面目を絵で描いたようなエタンとはまったく違う。

 どうしてエタンとクロロが親友なのかわからないくらいだ。

 資産があれば一夫多妻が珍しくないとは言え、奥さんを亡くしたことをいいことに、王都でも妾をたくさん抱えていた。世渡り上手、女たらし、人たらしのクロロ。

 人の心を見透かすようなことを、サラリとやってのける。


「アシュリ、あなたのピッケルが帰ってきたみたいよ。ふふふ」


 入れ替わりで広間にやってきたメルロまで、私をからかってくる。


「なによ。それがどうしたっていうの?」


「おや、やけに感情的ね。

 クロロが言ってたことも、的外れじゃないのかしら」


 クロロめ。


「ピッケルとカリン、ガンダル、ヤードル、キーラで大地の割れ目のアスチ様に会いに行くそうよ。出発は、明日だって」


「え?!明日?大地の割れ目に?

 私まだ、何もちゃんと話してないのに?」


「ふふふ。そうね。後悔しないようにね、アシュリ。

 アシュリって、奥手というか、硬派というか、研究に命がけなのね。

 それだけでいいの?

 あなたがアレイオスで美少女魔法使いとして人気があるの知ってる?」


「何が言いたいのよ?」


「えー?言っていいの?」


 面白くて仕方がないようにメルロが笑う。

 なんだ、なんだ。みんな私で遊んでいるだけじゃない。

 腹が立つわ。


「この話は、もういいわ」


「はいはい。最初の奥さんのイスをカリンに取られて泣かないようにね。

 いや、プルーンあたりもピッケルを狙ってるかも。私も狙っちゃおうかしら。私は2人目、3人目の奥さんでもいいわ。その方が気が楽だって話も聞くし」


「あら、冗談でもそんなこと言わないことよ。

 カリファに言いつけるわよ?私があなたとカリファの恋仲のこと知らないと思うの?

 私は、応援しているんだけどな」


 メルロの顔が真っ赤になる。


「おっと、そうきたか。

 女は、男と違って貞節があるのさ。

 まぁ、せいぜい頑張ったくれたまえ。いつでも肩でも胸でも貸すからね。カリファがお気に入りの私のおっぱいは貸与できないけど」


「余計なお世話よ!

 カリファとエッチなことする時はもう少し声を抑えてよね。

 こっちまで眠れなくなっちゃうわ」


 さすがのメルロも顔を赤らめた。


「こわい、こわい。カリファに余計なこと言わないでね。あの人、嫉妬深いから。

 アシュリも魔法研究の事故で死んだ親の意志を継いで万能薬の研究に打ち込むのも、大概にしなさいよ。

 亡くなったご両親も浮かばれないわ」


 クロロといい、メルロといい、親子して私を馬鹿にして。

 性に奔放なクロロを見て育ったなら、男性不信があるのもわかる気がする。

 女同士の方が気楽だ。めんどくさいこともあるけど。

 でも、クロロならメルロとカリファの同性愛も拒絶しないで、受け入れてくれそうだ。


 私には、やらなければならないことがある。両親が成し遂げようとしていた、万能薬の実現。。。


 しばらくすると、ピッケルが広間にきた。

 広間に嗅ぎ慣れない甘い香りが広がる。

 ピッケルの顔をみて、なんだろう、気になる。

 いや、気になるというのは、そう言う意味じゃなく。気が緩んでいるというか、油断しているというか。。。


「アシュリ!僕ね!魂の魔法ができたんだ!」


 あぁ、そうか。だめだ。この気の抜けた感じは、事故を引き起こす。


「そ、そう。よかったね」


「なんでそんなに険しい顔なの?

 あ、もしかして、ゾゾ長老にもできない魂の魔法ができた僕に、妬いてるの?」


 やっぱりだ。この感じ。不用心がすぎる。危険なのだ。魔法使いは、こうなっては、いけない。

 得意になったり、傲慢になったり、謙虚さや慎重さを忘れたものは、怪我をする。怪我で済めば、まだマシだ。魔法の事故で死んだ魔法使いがどれほどいるか。周りを巻き込む大事故になることもある。危ない予感。


「ふぅ。

 ピッケル、覚えていますか?

 初めて会った時に、最初に教えたことを」


「え?毎日鍛錬を続けること?

 僕、毎日鍛錬を続けたよ。みんなに褒められるんだ。

 そんなことより、これからゴレゴレムで何体までゴーレムを作り出せるか、実験しようと思うんだ。アシュリも一緒にきてよ!」


 イラっとした。

 

 尊敬までしようとした私が馬鹿だった。子供扱いしようとしたことを恥じたことも、撤回だ!


 バチン!


 気がついたら、口より手が先に動いていた。  

 ピッケルの左頬に思いっきり張り手をしてしまった。こんなこと、今まで一度したことないのに。

 打ったこちらの手までジンジンと痛い。


「な、なにするんだよ!

 エタンにもぶたれたことないのに!

 久しぶりに会ったのに、いきなりこんなの!」


 やってしまった。

 でも、言うべきことを言わないと。


「ピッケル、あなた、死ぬわ。

 魔法は、安全に慎重に行うのが第一だと最初に教えたはずよ。

 一番大切なことを忘れている。

 師として、恥ずかしい。あなたにきちんと伝えられなかった」


「なんだよ!アシュリなんか!」


 ピッケルが私をキッと睨む。


「私は、あなたを尊敬しようとしていた。

 頼もしい男性になったと見惚れるほどだった。

 私は、嫌われてもいい。あなたが無駄死しなければ、それでいいわ。

 明日の旅立ちに私は、行かない。

 無事に帰ってきた時に、元気な顔を見せなさい。

 それまで私は、あなたを決して認めない。魔法使いとしても、一人前の男としても」


 やっとピッケルがハッとした顔をした。

 これでいい。


「アシュリ、ごめんなさい。僕、浮かれて、どうかしてた。馬鹿だったよ」


「私が伝えたいことは、もうないわ。

いってらっしゃい。ピッケル」


 私は、顔色を失って立ち尽くすピッケルに背を向けて、広間を出る。

 地に足がつかない感じで、階段を下って自室に戻る。

 パタンと無駄に重たい木の扉を閉じて、静かで安心する自分の研究室で、深呼吸をする。

 照明の魔法陣に魔力を注ぐと、ファイポの明かりが暖かく部屋を照らしはじめる。


 ふぅ


 これでピッケルは、きっと生きて帰るだろう。そうでなければ、ならないはずだ。

 ポケットに入れていたポムルスの実をかじる。


 酸っぱくて、涙がでる。


 これでいい。これでいいのだ。









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