入学試験を終えて
「お疲れ様。試験はどうだったんだ?」
「ワタクシが遅れをとるとでも?」
コーデリア家の屋敷に帰ってきたリトリスに声をかけるベイン。
ベインとしても自らの教えた新魔術理論でリトリスがどれだけの成果を残せたのか気になるところだった。
正直言えばベインも試験の様子を見たかったくらいだが、部外者が立ち入れないのは当たり前だ。
「思ってはないが、一応だ」
ベインは三日という短い期間ではあったが、リトリスの優秀さを十分に思い知らされたし、その点ではそこまで心配していなかった。
だが、やはり三日間では限度あったのもまた事実で、十分に魔術を鍛錬する時間はなかったと言っていい。
リトリスは持ち前の卓越した才能で火の魔術のコントロールはそれなりに上達していたが、それ以外はただ放つくらいしかできなかった。
新魔術理論において、魔術の使える数に制限などない。
無論、トリプルというだけでアピールとしては十分だとは思うのだが、魔術の練度が低いと思われるのも良くないだろう。
「魔術のコントロールを練習する時間がなかったのだけが不安点ですけれど、トリプルであることと合わせてそれなりのアピールはできたと思っておりますわ」
「それなら良かった」
リトリスの目から見ても試験での試験官の反応は悪くなかった。
おそらくは順調に良い成績で試験を突破したと確信している。
そして、リトリスの胸中にあるのはベインという男に対する尊敬と称賛であった。
「……魔術を使えるようにしてくれたことは感謝しなくてはなりませんわね。いくら私に才能があったとしても、その才能を見出すことが出来なければ無意味に等しいですわ。ベイン、素直にあなたには感謝致します」
「面と向かってそう言われると調子が狂うな……。まだ新魔術理論を教え終わってはいないし、これは実証データを取れる点で俺にとっても有益なんだ。礼には及ばないさ」
三日間でベインが教えられたのは新魔術理論の基礎に過ぎず、まだまだリトリスには教え足りないことがあった。
加えて、リトリスの才能を目にしたベインはリトリスに期待をかけている。
果たしてこれだけの才能を持つリトリスが新魔術理論をすべて使いこなしたらどうなるのか。
そして、まだ新魔術理論の未完成のピースもリトリスが埋めてくれるのではないか。
ベインは、知らず知らずのうちにリトリスの成長を楽しみにしていた。
「そういうことでしたら、試験の結果が届くまでの間は新魔術理論の講義を続けてもらうとしましょうか。ただ、ちょっと今だけは休ませてもらいますわ」
「ああ、ゆっくり休め」
この三日間、リトリスはベイン以上に集中を続けてきた。
疲れが押し寄せるのも当然だろう。
ベインは自室へと戻っていくリトリスを見送った。
*
入学試験のあと、魔術学院の一室でその話は行われていた。
「学院長に折り入って相談が」
そこに居たのは二人の男。
一人は魔術学院の学院長であるヘドリグ。
もう一人は……
「おぉ、ロシュール殿、いかがされましたかな」
ロシュール・マギ・マグヴァリス、入学試験で圧倒的な威力の雷の闇の魔術を見せた少年だ。
「分かっているだろう。今日の入学試験のことだ。本来であればボクが注目を浴びるはずだった!」
ダンッ、とロシュールが机に拳を叩きつけた。
「だが、あれはなんだ! コーデリアのリトリスと言ったか、アイツがボクよりも上のトリプルだと!?」
「しかし、ロシュール殿、そればかりは生まれついての神の加護の差で……」
「黙れ! ボクはそのような言葉を聞きたくてここに来たわけではない!」
ロシュールはヘドリグに近づくと、ヘドリグに対して人差し指を向ける。
「お前も試験を見ていたんだろう。このボクとコーデリアの娘、どっちの魔術のほうが凄かったか言ってみろ」
「……それは、もちろんロシュール殿でございます」
「当たり前だ! あのコーデリアの娘の魔術の威力を見たか!? このボクの魔術の威力に対してあまりにも貧弱じゃないか!」
ロシュールの言ってることも確かではあった。
トリプルは貴重な才能ではあるが、あの場の魔術で判断するならばロシュールの魔術は圧倒的な威力を持ち合わせており、遅れを取っているとは言えなかった。
「にも関わらず、ボクが浴びるはずだった注目はすべてアイツに持っていかれた。それはおかしいと思わないかい? 貧弱なトリプルとこのボクのダブルでは、ボクを評価して然るべきだ。いや、むしろあのような貧弱な魔術ではトリプルだったとしても宝の持ち腐れで評価されるべきではない!」
ロシュールの怒声を受けて、ヘドリグはとにかく下手に出るしかなかった。
本来、魔術学院は徹底して身分の差では融通が利かないことになっているが、それはあくまで表向きの話だ。
このように裏で貴族が圧力をかけてくることも珍しくはない。
もちろん、魔術学院の教員も貴族たちがほとんどであるので、そう簡単な話でもないのだが。
なお、ヘドリグは個人的にマグヴァリス家からお金を受け取って私腹を肥やしていた。
貴族といえど家によって貧富の差はある。
ヘドリグはうまいこと人の顔色をうかがい続けることで学院長まで上り詰めたが、どちらかといえば爵位は下の方だ。
ロシュールの機嫌を損ねることだけは絶対にできない。
「そうですとも、ロシュール殿こそが評価されるべきです。それに比べてあのコーデリアの娘の魔術の貧弱なこと。はっきり言って、トリプルだからと優遇されるには及ばぬカスですな」
「ふぅん……よく分かっているではないか。だったら、お前がコーデリアの娘に下すべきことは何か分かっているな?」
ヘドリグにはロシュールの言いたいことがよく分かった。
つまり、リトリス・マギ・コーデリアに対してのクラス分けの判定を落とせと言っているのだ。
先程目を通した判定の資料によれば、少なくとも実技試験は高い成績である。
このままでは筆記試験の点数にもよるがSクラスは十分にあり得た。
「そうですね……ロシュール殿がSクラスは間違いないとして、コーデリアの娘はA……」
ロシュールの目元が厳しくなる。
当然、その変化をヘドリグが見逃すはずなかった。
媚を売ることでこの地位まで上り詰めたようなヘドリグは、人の表情を伺うことに関しての技術はこの国でも一番と言って良い。
それが良いことなのかは分からないが。
「ではなくB……」
ロシュールの目元は若干緩んだが、まだまだ満足そうではない。
これが限度と判断し、ヘドリグはできる限りの提案をするしかなかった。
「いや、最低のDクラスが妥当でしょう。魔術の威力もコントロールが大したことありませんからな」
「うむ、分かっているな」
現状、コーデリア家は諸々の事情から大公家の中では発言力は弱まっているとは言え、大公という凄まじく高い地位に居ることは変わりない。
ヘドリグとしても危ない橋は渡りたくなかったのだが、まずは目の前のロシュールの機嫌を取ることが先決だった。
もし機嫌を損ねれば自分の首が飛びかねない。
「しかし、Dクラスに入れたとして、その後の試験や行事でクラスが変わることまでは止められませんぞ」
魔術学院は最初に実力に応じたクラスが割り当てられるが、中には適切な判断が下せずに誤ったクラスに入れてしまうことも考えられる。
そういった生徒は授業が簡単すぎたり、逆に難しすぎたりといったことが起こり、魔術師としての素養を十分に高めることができなくなってしまう。
それは国にとっても損失だということで、この学院では試験や行事の結果を見てクラスを変えることがある。
最初の試験のクラス分けであれば関わる人物が少ないので学院長一人で改ざんすることも難しくはないが、実際に授業が始まれば多くの教員が関わってくる。
そうなれば、ヘドリグ一人ではリトリスのクラスをコントロールすることは出来ない。
「ふん、そこまでする必要はない。あの程度の才であればせいぜい登れてもCクラス止まりだ」
「さようでございますな。わたくしの浅慮でございました」
「分かればいい。要件はそれだけだ」
ロシュールは満足げに鼻を鳴らすと、その場を後にしたのであった。
無事に入学試験を終えるも、ロシュールの妨害を受けるリトリス。
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