魔術学院の入学試験2
そのとき、後ろの方からひそひそとした声が聞こえてきた。
「コーデリア家の跡継ぎは魔術が使えないという噂があったが、どうなんだ?」
「さぁな、だが誰も魔術を使っているところを見たことがないらしい。どっちにしてもこれからはっきりするだろ」
リトリスが魔術を使えないことは噂になっていた。
所詮は噂止まりではあったが、気になる者はそれなりに居たらしい。
だが、リトリスはそのような言葉を気にするはずがない。
仮にリトリスが魔術を使えないままだったとしても、それは変わらないだろう。
今の新魔術理論を携えたリトリスであれば、なおさらだ。
「それでは魔術を使わせていただきます」
リトリスは余裕を保ち優雅に歩いていくと、教員の前に立って右の手のひらをかざす。
変化はすぐに起こった。
「……コーデリアの者はやはり火の魔術か。しっかりとコントロールできているな」
リトリスの手のひらからは火が出ていた。
その火をうまく球状にコントロールし、火の玉と言えるようなものを作り出す。
メラメラと燃える火の玉はリトリスの頭くらいの大きさになった。
そして、次に地面に向かってその火の玉を射出する。
「地面に落ちた火が消えていない。悪くないな」
リトリスは火の燃える時間を魔力によって調整していた。
本来、なにもない地面についた火などすぐ消えてしまうが、この火は魔力を糧にして地面でも燃え続けている。
「だいたい分かった。次だ」
ダヴラフィが採点を終えて次の者を呼ぼうとする。
……が、それをリトリスが止めた。
「お待ちください。まだ終わっておりませんわよ」
「ほう……?」
次にリトリスは左手を前に出すと、手のひらに意識を集中させる。
すると、今度は火ではなく水が放出され、地面で燃え続ける炎を消した。
何の変哲もない水の魔術。
しかし、それを見た者は驚きを隠せなかった。
「まさか、ダブルが二人だって!? 大公家から二人も来るとは聞いてたけど、ダブルが二人なんてやべーよ」
見ていた者たちがざわつく。
ロシュールほどの威力ではないとはいえ、ダブルはそれだけで大変貴重な才能だ。
それが二人も居るとなれば、驚くのも当然だろう。
「なるほど、ダブルか。今年はなかなかレベルが高そうだな」
「いえ、まだ終わりませんわよ」
ダヴラフィの言葉を受けて、立て続けにリトリスは左の手を前に出すとチカチカと光を放つ。
それは先程使った火の魔術とは明らかに違う光の魔術であった。
「ほう……! トリプルか!」
これにはダヴラフィも驚きを隠さなかった。
トリプルとはダブルよりも更に上。
三種類の魔術が使える魔術師のことだ。
トリプルともなればこの国には片手で数えられるくらいしか存在しない。
リトリスが丁寧にお辞儀をして口を開いた。
「以上ですわ」
それを見てリトリスの後ろの方が少しざわつく。
「コーデリア家の跡継ぎは魔術が使えないという噂はまったくの嘘じゃないか。しかもトリプルってヤバすぎんぜ」
「知らねぇよ。俺も噂を聞いただけなんだから」
外野もこれには黙るしかないようだった。
ダブルであったロシュールも十分すごいが、トリプルの前では霞んでしまう。
ロシュールは注目を奪われた怒りで顔を歪める。
一気にリトリスは注目を浴びることとなった。
「……トリプルというのはすごいことだな。無論、クアドラのオレが言っているからと言って嫌味ではないぞ。現在魔術学院に所属している者でもトリプルは居ないからな」
「お褒めいただき光栄ですわ」
ダヴラフィが”最高の魔術師”と称される理由はクアドラ……つまりは四種類の魔術を使うことができるからであった。
これは歴史上でもダヴラフィだけが可能な偉業だ。
それでもダヴラフィが特別なだけで、トリプルの時点で凄さは群を抜いている。
来たときと同じように優雅に、そして満足気にその場を去っていくリトリス。
その後姿を見ながらダヴラフィは手元の採点用紙に採点を書き込んでいく。
……だが、ダヴラフィにとって採点よりも気になることがあった。
「リトリス・マギ・コーデリア……最後が光の魔術だったのでよく見えなかったが、本当にトリプルか……?」
ダヴラフィは自身がクアドラであるからこそよく知っているのだが、異なる種類の魔術を放つ場合には放つ部位を変える必要があった。
例えばダヴラフィであれば、右の手のひらの上の方から水の魔術を出すことができ、右の手のひらの下の方からは風の魔術を出すことができる。
しかし、リトリスは同じ部位から火と光の魔術を放っていたように見えたのだ。
もちろん、見間違いの可能性はあるが……
「それにこれは直感だが、何かあいつは全力を出していなかったような気がする」
ダヴラフィの目からみて、リトリスは他の入学希望者と比べて圧倒的に余裕を携えていた。
確かにトリプルであったのであればそれも当然だろうとは思う。
しかし、リトリスにはまだ見せていない引き出しがあるような気がしてならないのだ。
「今年はなかなか面白いことになりそうだな」
このときすでにダヴラフィはダブルのロシュールのことなど忘れていた。
ダヴラフィの興味は完全にリトリスに向けられたようだ。
――リトリス・マギ・コーデリア、覚えたぞ。
ダヴラフィはそっと口元に笑みを浮かべるのであった。
リトリスは無事試験を切り抜けました。
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